La déconstruction des idoles ──アイドルの脱紺築 chapitre deux

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紺野あさ美論ノート5
赤点娘。という「設定」




■ 目 次 ■
赤点で合格
インスピレーションと、赤点という「設定」
少女マンガと、『時給720円! 青春見習い中』






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赤点で合格

 2001年8月26日「LOVE オーディション 2001」を振返るところから話を進めたい。
 まず、総論的な講評として、つんく♂さんが、今回100点の人はいなかった、「70点から80点のデッドヒート」だったと表現。しかし、そういう連中が集まったのがモーニング娘。であり、だからこそここまでこれた、という説明がされた。つんく自身の生き方や、プロデュース論の根幹に関わる彼のこだわり。
 そして、いよいよ5期の四人の合格を発表する、つんく♂さんのコメント。
 まず、一人目は小川麻琴。
 「とってもダンスも頑張って、てか、すごい素質がありますね。えー、才能的な部分、隠された部分、まだまだこれからドンドンよくなってくると思います。そんなこれからの努力を、これからどんどん応援していきたいと思います。小川麻琴」
 次に、新垣里沙。
 「ダンスに対する気持ち、そしてモーニング娘。に対する、大好きだって気持ちが、すごい伝わって来ました。新垣」
 3人目は、高橋愛。
 「すごく歌が上手だという印象があったんですが、リズムは少し甘いところがあって、これから、そういうの、戦っていかないけないな、って自分でも分かっていると思います。すごくよかったなって思ってるのは、訛ってるところ。その訛りをこれからも直さないで頑張って欲しいです。高橋愛」
 3人の合格が発表され、司会のみのもんたが、3人にインタビューをはじめる。3人の声を聞き、決意を語らせて、そうして、合格発表は終わったということを強く印象づける。
 ところが、もちろん話はここからなのだ。
 みの「つんくさん、3人ですね?」
 つんく「…えっとですね…」
 みの「えっ?」
 そして、番組はCMを挟む。このCM明けへと期待をつなげさせる演出は、無論意図的なものであり、そのあとに発表されるメンバーを強烈に印象づける編集上の手法に他ならない。
 そして、CM明け。
 みの「つんくさん、3人ですね?」
 つんく「…えっとですね…」
 みの「えっ?」
 つんく「…それとぉ…」
 みの「それと??」
 そして、ついに、紺野あさ美の合格を告げる、つんくのコメントになる。
 「今言うたメンバーも、ほんとにそういう意味で言うと、高得点、その、私の中で、モーニング娘。として高得点だったんですけど。一人、ものすごい劣等生がいまして。僕ん中でなんですけど。たぶん学校の成績は聞くとものすごくいいということなんですけど…。ダンスはリズムが弱くて、声の通りも悪くて、歌のノリもなくて、もう、どうしようもない劣等生なんですけど、そういう劣等生こそロックだなって僕は思うんですよね。正直言うて、今回の合宿ってかオーディションの中では赤点、結果的に赤点取ったんですけど、僕はそいつの可能性と、一番最初に出会った時のインスピレーションを、僕の中で信じて、賭けて、これから、本人も言うてました、努力するところを見てほしい、って言うのを見ていきたいです。紺野。……以上です」
 紺野あさ美へのコメントは、他の3人に比べて、極めて長い。そして、赤点である理由、にもかかわらず合格とした理由が、詳細に語られる。その過程で、紺野あさ美の特有の個性が、つんくの言葉を通じて明確に表現され、形作られていく…。
 これは明らかに、最初から、紺野あさ美を4人の中での主役に押し上げるために、すべてが考え抜かれた結果である。

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インスピレーションと、赤点という「設定」

 このコメントを冷静に読み返すと、これほどおかしな話はない。
 「劣等生こそロック」だとすれば、実力で受かった他のメンバーはなんなのか。
 「一番最初に出会った時のインスピレーション」「可能性」で勝負がつくなら、あの合宿はなんだったのか。
 歌やダンスの実力といった数値化できる能力ではなく、インスピレーションで感じ取るしかない人間としての魅力、合理的な評価や判断を無効にする紺野あさ美に特有な特権的な魅力が、つんくに、紺野あさ美を選ばせた。
 これはほとんど一目惚れに近い。
 オーディション中の紺野あさ美の様子に対して、つんくは、こんなコメントをしていた。
 「僕がこれから曲を作っていくにあたって、ものすごくなんかヒントをくれそうな、そんな予感がするんですよね」
 つんくは、予感と言っている。しかし、おそらくこの時点でそれは確信だったに違いない。
 紺野あさ美が、「何事も、全部、力を出して頑張ってるところを見てほしいです」と語ったのをつんくが聞いた時、おそらく勝負はついていたのだ。

 「ダンスも、声も、歌も赤点の少女が、全力で頑張る」という姿。そこからうけたインスピレーションが、将来確実に楽曲として結実するという予感。その着想が、つんくに取りついた。だからこそ、その着想の中ですでに主役を演じることが決まっている少女は、ことさらに「赤点」ということを強調して呈示されなければならなかった。
 考えてみれば、ダンスが下手なメンバー(初期の飯田圭織)も、歌がダメなメンバー(石川梨華)もいるのだから、それをことさらに「赤点」「どうしようもない劣等生」とあげつらう必然性はないはずだ。
 つまり、「赤点」というのは、紺野あさ美に対する、つんくからの設定付けなのである。

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少女マンガと、『時給720円! 青春見習い中』

 「グズで、のろまで、おっちょこちょいな少女が、実は秘めた才能を持っていて、優れた指導者にその才能を見いだされ、やがて才能を開花させる」というのは少女マンガの王道のパターンである。テニスでは、『エースをねらえ!』という名作があり、演劇に置き換えれば『ガラスの仮面』という名作がある。
 つんくはプロはだしのマンガ読みであり、実家には数千冊のマンガのコレクションを持っている。これらの名作のことも知悉しているはずだ。
 とすれば、岡ひろみや、北島マヤを、紺野あさ美に置き換え、テニスや、演劇を、アイドルに置き換える発想が、浮かばない訳がない。
 「赤点から頂点へ」という物語は、現実のなかでスピーディーに展開される。
 そして、その頂点として制作されたのが、2002年5月24日から青山劇場で公開されたミュージカル「モーニング・タウン」であり、その中で紺野あさ美が主役を演じた、第2部『時給720円! 青春見習い中』なのである。
 デビューから、わずか9ヶ月で、赤点娘。は並み居る先輩を抑えて、ミュージカルの主役を演じる。
 モーニング娘。のセンターに立つ後藤真希も「後藤主任」という重要な役どころだったが、主役はあくまでも紺野あさ美演じる「紺野あさ美」だ。ぐずで、失敗ばかりしている新人アルバイターの紺野あさ美が、その一生懸命な姿を通じて、エリートの後藤主任に「物事に真剣に立ち向かうことの大切さ」を教える、というストーリー。
 原案・脚本を担当したのは、つんく自身である。このミュージカルこそが、つんくが紺野あさ美から受けたインスピレーションの結実なのだ。

 デビューから、わずか9ヶ月間でゴールを迎えた、赤点娘。紺野あさ美のサクセスストーリー。
 2001年10月の12針を縫う不幸な怪我、そのために出遅れたデビューコンサート、そして12月のフジテレビ『13人がかりのクリスマススペシャル』での大抜擢も、この物語を活気づけ、華を添える、巧みなエピソードであるとすら思えてくる。
 しかも、ストーリーの頂点で演じたのは、「ドジなアルバイターだけど、獣医という夢に向かって全力で頑張る少女」という、まるで自ら与えたれた設定をそのまま引き写したかのような役。自分の似姿である。
 このミュージカルの中で、モーニング娘。の主役である後藤真希から求愛されながら、夢を目指すという理由で、返事を保留する紺野あさ美。この時、彼女のサクセスストーリーは現実と、ミュージカルの中とで、二重に、同時に、完結したのだ。

 マンガであれば、ここでハッピーエンドということになろう。
 しかし、現実の紺野あさ美の人生も、モーニング娘。の中での彼女の活躍も、まだ始まったばかりなのだ。
 「赤点」と設定付けされ、つんくによって設定された頂点へと向かうレールの上をひた走ってきた紺野あさ美。
 だが、ここで、突如、目の前からレールが消える。
 つんくの敷いたレールはここで終わりなのだ。
 レールが終わり、「赤点」という設定も不要になったこの時から、紺野あさ美の本当の戦いが幕をあけるのである。

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(2007.2.27初出)