エピソード7
「小倉アイス」
そんな訳で坪井君と私のずっこけコンビによるお中元配達のアルバイトが始まった。その頃まだ私は運転免許を取得していなかったので助手席で地図を見ながらのナビケーター役と各家への荷物の配達役で坪井君が運転役である。
運送屋さんというとふつうは佐川急便のように横じまTシャツを着て「キビキビ」とした動きのお兄さんを想像するが我々は全く違ったタイプの運送屋さんであった。まあ「キビキビ」に対抗して言うならば「マゴマゴタラタラ」である。
なれない仕事の上に真夏の猛暑の中、当然車にクーラーは無い。いささか二人とも閉口気味である。
それに季節がら20本ケース入りの瓶ビールやカルピスの詰め合わせなど重量級の荷物がやたらと多い。当時はまだビール券なるものが無かったのである。配達先がマンションの2階、3階、4階となるとギターより重いものを持ったことの無い私にとってかなりの重労働である。ヘトヘトになった私はたまりかねて「まあ〜えりゃ〜であかんわ!坪井、ちょっとこの荷物頼むわ!」
すると坪井君は「わしはこの車のオーナーで運転担当兼重役やそして花木は配達担当、このけじめだけはきっちりとしてかなあかんな。」ともっともらしく言う。何と冷たい言葉であろうか。
まあそんなやりとりもったが何とか配達を終えて二人ともぐったり。
「あ〜ぁ喉渇いたなぁ〜何か冷たいもの食べたいなあ〜。」
その坪井君の一言を聞いた瞬間、私の脳裏には幼い頃に食べた'寿がきや'の小倉アイスが浮かんでいた。たぶん小学生の頃だと思うが親に連れられて“寿がきや”に行き大好きな小倉アイスを注文したのであるがあまりのボリュームの多さに食べきれず半分近くを残してしまった。
それが思い出されて………あの時、全部食べておけばよかったと夏がくるたびに思い出すのである。今ここにあの時残した小倉アイスがあったなら………あぁ〜もったいない事をした。返す返すも残念である。………とその時、私は我に返った。
「そうだ坪井!寿がきや、寿がきやの小倉アイスを食べに行こう!寿がきやの小倉アイスはなあ、こ〜んな大盛りで(どんぶり鉢位の大きさを両手で表現しながら)前に行った時は食べきれんかった。しかもうみゃ〜し、めちゃくちゃ安いでいかんわ。」
坪井君は「コグリッ!」なまつばを飲み込んだ。私もである。無論、直ちに'寿がきや'へ直行することになった。
場所は現在も営業されているが名古屋駅近くの笹島交差点から地下に入ってすぐの所にある。到着すると早速レジで食券を買い求める。確か80円位だと思ったけど当然、割り勘である。テーブルにつき食券を置くとやがてウェートレスさんが来て「小倉アイスお二つですね。」と言いながら半券をもぎ取る。あ〜ぁ待ちきれない。
期待に胸をくらませながら二人して小倉アイス様のご到着を待つ。………もうじき冷たくて、甘〜い小倉アイスが腹いっぱい食べられる。感動の一瞬である。
やがて「お待たせ致しました。」とウェイトレスさんが小倉アイスをテーブルに置いた。ステンレス製の小さなアイスクリームの器に直径5〜6cmの丸いボール状の小倉アイスがちょこんと乗っている。一瞬、二人の目が点になった。そして私の額からは冷や汗が…………。(何だこれは!?)
そういえば前に食べたときは小学生の時だったのか、いや入学前だったかも知れない。小さい時だから実際より大きく記憶に残っているんでしょうね。人間の記憶とはいい加減なものである。よく考えてみればこれが普通のアイスクリームのサイズですね。
どんぶり鉢サイズのアイスなんて聞いたことがありません。
しかし、坪井君は真剣に怒っていました。「もう花木の言うことは信用せん!だいたい話がおおげさだでいかんわ!」
食べ物の恨みは恐ろしい。あの'つボイノリオ'が小倉アイス一つで真剣に怒っていた。
「あんまり怒ると喉かわくで〜。」と私。……と言いながらも私自身もかなりショックであった。若き日の一コマである。
(私の子供の頃の記憶が勝手に一人歩きして勘違いをしただけで'寿がきや'さんに何の罪もありませんので念のために。また'寿がきや'さんの特製ラーメンも私の大好物です。機会があったらぜひ召し上がってみてください。)