エピソード8
 「恐怖の黄金陸橋」


真夏の猛暑の中、坪井君と私はお中元配達の仕事に励んでいた。坪井君が八ンドルを握り私が助手席。配達区域の移動中である。
こんな時は大体、話をしながら騒いでいるかシーンとだまりこくっているかの両極端である。この日はなんとなく陽気でいっしょに見た映画Γウッドストック」の一場面が車内で再現されていた。今まさにジミーヘンドリックスのギターがアメリカ国歌「星条旗よ永遠なれ」を奏でる。
勿論ギターの音は坪井君の口先から発せられている。
「キュキュキュキュキュキュ〜〜ン。キュキュキュキュキュキュ〜〜ン。」ここでギターマイクをアンプのスピーカに向けハウリングさせる。
「グワーン、ワーン、ギュルギュル、ギュル、グワ〜〜ン、グワ〜〜ン。」嵐の中を叫ぶかの如きギターのフレーズはやがて名曲「紫のけむり」へと移り変わる。「キュッキユ、キュッキュ、キュッキユ、キュッキュ、キュキュキュキュワ〜〜ン、キュキュキュワ〜ン。」

私は膝をドラムに見立ててリズムをきざむ。今日も絶好調!こんな調子で車は名古屋市内にある黄金陸橋にさしかかった。この黄金陸橋はJRと近鉄線に立体交差しており線路の上をまたぐような形になっている。「紫のけむり」のフレーズに乗せて車は快調に坂を上ぼりつめやがて下り坂にさしかかった。
その時、坪井君の奏でるギターの音がピタリ!と止んだ。足元のブレーキをバタバタと踏みながら焦っている様子。
「どうしたの?!」、「お、おい!ブレーキ!ブレーキが効かんぞ!」「ブレーキが壊れた!」 私は冗談だと思った。いつも冗談ばかり言ってるからまた冗談だと思った。 「またまた冗談言って。 騙されせんで。」、「本当、本当だって!こんなバカな〜!」、「ええっ!」

恐怖心から私は車にしがみついていたが坪井君は必死の思いでシフトダウン、サイドブレーキを引いたりして陸橋を降りた先で何んとか無事に車を止める事ができた。
しかしこの出来事が坪井君のジョークだったのかそれとも本当のトラブルだったのか今だに分からない。今度会ったら確かめておこうと思う。昔からいつも冗談やギャグが多くこんな時にもギャグかと思ってしまう。とにかく無事でホッと胸を撫でおろしました。やれやれ。