エピソード18
「霧の伊吹山山頂」
今までのエピソードの中に殆ど女性が登場せず二人とも女性に縁が無かったように思われるかも知れませんがそうでもありませんでした。
私は当時、愛知大学のフォークソング研究会というサークルに所属していましたがある女子大のフォークソングクラブとの合同コンパで岐阜市から名古屋の大学に通っているT子さんと知り合い交際をしていました。
そしてこのT子さんには年子のお姉さんがいて姉妹で同じ大学に通っていたのですがある日T子さんと相談して姉のY子さんを坪井君に紹介することにしたのです。
紹介すると言っても彼は当時から学生仲間の内では知る人ぞ知る有名な存在であったのでY子さんの方は坪井君の事をよく知っていました。
「なあ坪井、T子さんに一つ年上のお姉さんがいるんだけど坪井の事に興味があるらしいんだ。よかったら一度会ってみてくれる?スタイル抜群ですごい美人だできっと気に入ると思うわ。」
本当にスタイル抜群で美形の女性だったけど坪井君は私に「そんなに奇麗な女性だったらそのお姉さんを花木に譲るでよ私は妹のT子さんの方がいいわ。私のタイプだで。」てな事を冗談混じりに言っていたのを覚えていますが実際に会ってみれば理知的でしかもかなりの美人、気に入らなかった筈は無いし、きっと会った瞬間溢れ出るヨダレをそっと拭っていた事でしょう。そんな次第で青春時代の良き思い出をいろいろとつくる事ができました。今でも忘れられない思い出があります。
それはY子さん、T子さん、坪井君と私の4人で夏の伊吹山へ遊びに行った時のことです。
その日は少し曇っていた記憶ですが久し振りに新鮮な空気を吸い大自然を満喫しながらのんびりと過ごしていました。もちろん日帰りの予定でしたのでそろそろ帰ろうかと思い始めた頃、徐々に霧がかかり始めてきたのです。山の天気は変わりやすいとは聞いていましたが体験したのは初めてで瞬く間に視界がなくなってしまいました。さすが標高1,377mの伊吹山と感心しながらも自分の手のひらを目の前に近づけてやっとかすかに見える程度でこの状況を視界ゼロと言うのでしょうか!?
「おおっ、何にも見えん。坪井どこにおるの!?」「ここにおるで〜!」「ここってどこや〜!?迷子になったらあかんで〜!」てな具合に4人とも初めての体験に感動しキャーキャーとはしゃいでしまいましたが、やがてこれでは帰るどころか身動きすることも出来ないことに気付きちょっと不安になってきました。
夏山のシーズンで登山者も多く視界は見えなくてもあちこちに人の声だけは聞こえるので心強かったのですがやがて日没となり4人は迷子にならないように手をつなぎ一歩ずつ踏みしめて確認しながら休む場所を探しました。
すでに衣服は霧で下着までびっしょりと濡れてしまったうえ、濃霧と夜陰で全くの暗黒の世界、自分の手も見えません。そんな状態の中で足で探りながら登山道の脇へ1〜2歩降りたところに傾斜が緩やかで草で覆われたような感触の場所を見つけ「今日はここで夜を明かすか。」と川の字ならぬ4本川になってしかたなく横になった。横になったがこの草むらも当然ビショビショに濡れている。しかも見えないから自分が今どんなところで寝ているのか不安で気持ちが悪い。
4人はしばらく愚痴をこぼしていたが、周りでは相変わらず他の登山者の声があちこちで聞こえ皆同じ境遇なんだなと納得し、いつの間にか眠りについてしまいました。
そして翌朝。
姉妹の「わ〜っ!!綺麗!!見て見て!!」と言う声に起こされた。目を開けるとそこは何と見渡す限りのお花畑。美しい!!
高山植物の色とりどりの花が絨毯のように一面に咲き乱れています。こんな美しい世界で一夜を過ごしたんだと感動してしまいました。
しかも天気はカラッと張れ上がって雲一つ無い快晴。これは三途の川へと続くお花畑ではないかと思わず頬をつねったくらいです(坪井君の頬)。
あの時の感動は今でも忘れられませんが今日までの53年間の人生の中で見た一番美しい風景だったかも知れません。
ちなみにこの姉妹とはその後坪井君も私も別れることになりましたが、その頃の坪井君は将来への夢と不安が入り混じっていた時期でもあったようで夢を追いかけている不安定な自分について来ては彼女を不幸にしてしまうのではないかという気遣いがあったからではないかと思います。
その後十年以上経ってから風の噂で姉のY子さんが院長婦人になられ妹のT子さんは家業を継いで女性経営者になられていると聞き、それを坪井君に話したところ「そうか、幸せになってて良かった。」とうなづきながら安堵していたようです。
私たちの懐かしい青春の1ページです。