天の鹿




 
私が中学二年の時、国語の先生は授業中に朗読を聞かせるのが好きだった。 一冊本を選んできては、授業を早めに切り上げて、残りの時間を朗読にあてていた。 そんな中、ある日先生が選んできた本は、安房直子の「天の鹿」
私は小学生の頃から、安房直子の童話が好きだったので、先生が読むその童話を 真剣に聞いていた。
鹿撃ちの名人清十はある日、一頭の立派な牡鹿に出会う。牡鹿は鉄砲を構えた清十に、 「通してくれたら欲しいものを何でもあげよう」と言った。牡鹿はこれから「はなれ山」で 行われる鹿の市に行く途中だという。そこには何でもあるから清十の好きなものを あげようと言うのだ。
清十には娘が三人居り、一番上の娘はもうすぐ嫁ぐ予定になっていた。 清十は花嫁道具に何か持たせてやりたいと思い、牡鹿に乗り、はなれ山へ向かった。
はなれ山に行く途中、山葡萄がたくさんなっているところで、牡鹿は清十に 頭巾に山葡萄を入れるように言う。その山葡萄は、はなれ山に着く頃には、頭巾の中で おいしそうな葡萄酒に変わっていた。清十はそのお酒を飲み、残りは木の枝に掛けておき、 牡鹿から金貨一枚をもらう。
この市で売られている品物の値段はすべて金貨一枚なのだ。一時間経つとフクロウが 鳴くので、それまでに帰っておいで、と牡鹿は言って、清十を送り出した。
鹿の市はまるで、村祭りの夜店の風景に似ていた。品物を売っているのも、 それを見物しているのも鹿。清十はその鹿たちが、どれも一度見たことのある鹿のように 感じる。清十は結局、紫水晶の首飾りを買い、それを持って帰ることにした。
帰り道、鹿は「むかあし、鹿のキモを食べたのは、あんたの娘三人のうち、どれだね」 と聞いてきた。娘が病気をしたとき、清十は仕留めたばかりの鹿のキモを娘に食べさせたことがあった。でもそれが誰だったか、清十は思い出せなかった。
鹿はそれを聞くと、「ほんとにわすれたのかい」と寂しそうにつぶやいて、清十を 送り届けた。
清十は、買ってきた紫水晶の首飾りを一番上の娘、たえにあげた。そして次に 件の牡鹿に会うことになったのは、このたえだった。
たえを連れて牡鹿は鹿の市に行った。入口には清十が掛けた葡萄酒の入った頭巾があり、 たえはそれを飲む。そして牡鹿から金貨一枚をもらい、鹿の市に行き、 濃紺に白・黄・薄桃色の小菊がいちめんにちりばめられた絹の反物を買った。でも 帰り道で「大地が話しかけても答えてはいけないよ」という牡鹿の注意を受けたにも関わらず、 素晴らしい反物を持ったたえにヤキモチを焼いた大地が話しかけてくるのに、 たえは答えてしまった。
「あんたの持っている菊の花がほしい」
「私は花なんか持っていない」
「いいや、帯のあいだに、どっさりある」
すると、帯の間に入れておいた反物から小菊がハラハラとこぼれだし、 山道が菊の花でいっぱいになる。そしてたえの手元に残ったものは、模様のない濃紺の反物。
この先の話を私は知らない。多分牡鹿は残りの二人の娘にも会いに来たのだろう。 そしてキモを食べた娘を捜すに違いない。でも私は、この続きを聞かずに転校してしまった。 話の続きが気になり、どこの出版社から出た本なのか調べた。筑摩書房だというのは分かったが、 このとき既にこの本は絶版となっていた。
古本屋なども探したが、結局この本を見つけることができないまま十年近く経ってしまった。
その間にインターネットが普及しはじめ、いろいろな本が検索でき、手に入るようになってきた。 「天の鹿」を検索し、見つかるものの、やはり絶版。この本は二度と読めないのかもしれない。 そう諦めたときにひらめいたのが、国会図書館だった。 ここなら過去日本で出版された本は保管されているに違いない!さっそくインターネットで国会図書館のホームページを探した。でもこの当時、国会図書館のホームページも まだ未完成な部分が多く、インターネットでの所蔵本検索は、ごく一部の本に限られていた。
国会図書館に直接出向き、調べるしかないらしい。でも土日祝休みの国会図書館。働いている 私は図書館に行くことが出来ないまま、また数年が過ぎた。
久しぶりに国会図書館のホームページを覗いた。試しに検索をすると、ちゃんと 「天の鹿」が出てきた。ご丁寧に、請求番号「Y7-7596」までも!ついでに開館案内を見てみると 第一・第三土曜日がやっているではないか!
もう嬉しくて嬉しくて、さっそく11月4日に国会図書館へ行った。
受付に行き、資料番号を書いた紙を提出すると、受付のオジサン、その紙を見て
「これは、児童書ですよ?」
と聞く。いいんです。その児童書を読みに私は今日来たんです。
本を待つ間、いろいろと考えていた。長かったなあ〜。やっと続きが読めるんだ。 名前を呼ばれ、本を受け取る。
濃紺の表紙に「天の鹿」という赤い文字。そして牡鹿の背に乗る少女の姿。これよこれ! 確かにこの本だよ!ページを開くと、ちょっと大きめの文字。昔はこのくらいの 文字の本も、一生懸命読んでいたんだよなあ。
そして、私はやっと「天の鹿」を最後まで読むことができた。牡鹿の目的、そして「天の鹿」の 意味も全部知ることが出来た。絶版になっているこの本を手元に置くことはもう出来ないけれど、 国会図書館に来れば、またいつでも読むことが出来る。
長年の夢が叶った私は、かなり満足して図書館をあとにしたのでありましたとさ。
★ 天の鹿のあらすじ、続きが読みたい人は ここ からどうぞ
Written 6 November 2000
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