i am for you
支都ルアムザと副都オルノルンを結ぶ街道沿いに、大森林地帯が広がっている。その傍らに位置するのが古き街トホルドだ。ガイドブックには「歴史を感じさせる閑静な街並み」とあるが、しかしそこにたむろう冒険者たちの群れ、群れ、群れ。
「閑静とはほど遠いわね……」
そんな一群を遠巻きに眺めながら、小妖精のリトゥエがぼやいた。
「『現出』の謎を解明するために冒険者が集められてるっていうけど……まあ、確かに人は多い方がいいだろうけどさ」
リトゥエは薄い半透明の翅(はね)を震わせてくるりと一回転し、高度を上げた。そうしたところで、この通りのずっと向こうまで人間が溢れているのがわかるだけだが。
「もうちょっと情緒ってのをさ。ねえ、リク……ってあなた」
ふと見下ろした先、彼女の相棒たる冒険者のリクは、いつの間に買ってきたのか、豚の足を焼いたものにかじりついていた。時折混じるカリコリというのは軟骨をかみ砕く音か。
「情緒もへったくれもあったもんじゃないわね……」
「ほぇ?」
口いっぱいに頬張りながら、リクがリトゥエを見上げた。紫の妖精は腰に手を当て、呆れ顔でこちらを見下ろしている。
「人がいっぱいいるとこには、お店がいっぱいあるれす。お店がいっぱいあると、おいしいものがいっぱい食べれるれすよ」
「私たちは別にグローエスうまいもの紀行をやってるわけじゃないのよ?」
「そうれすか? でもおいしいものを食べれると楽しいれすよ?」
「いや、だからね……」
言いかけて、リトゥエは口をつぐんだ。代わりに小さくかぶりを振る。またくるりと回転して、少しだけ通りの中央に移動した。通りの反対側で、なにやら人だかりができていたのだ。黒いローブを頭からすっぽりとかぶった老婆が、水晶玉と正面に座る青年とを交互に見比べている。
「おお……おぬしにはすべての位相の輝きが見える──それに『嵐竜』を倒したようじゃな」
当の青年は別段驚きもせず──むしろ誇らしげに老婆の言葉を受け止めている。だがその周りを囲んでいた者たちの間から賞賛と嫉妬の入り交じったどよめきが起きる。リトゥエはそんな光景をしばらく眺めていたが、やがてリクの前に舞い戻った。
「ごちそうさまれす」
リクは丁度豚の足を食べ終わったようで、残った骨をゴミ箱に投げ捨てた。手首から肘までを覆う毛皮でゴシゴシと口元を拭う。そんなリクを見て、リトゥエは思いっきりため息をつく。
「あのさリク、この前やっと『氷竜』を倒したけどさ、結局それっきりだし、刻印だって増えてないし。ねえ、もう少し何とかならない?」
「あんなのがいいなら、あっちに行けばいいじゃん。クスス」
どこからともなく赤い妖精が現れ、リトゥエに言い放った。
「あ、ピスケスちゃん」
赤い妖精──ピスケスは昆虫のような複眼でリクを見て、それからリトゥエに視線を戻した。
「あんたはあいつみたいな冒険者がいいんでしょ? ならあいつのとこに行けばいいじゃん。ケララ」
リクの肩に腰掛け、小馬鹿にしたように笑う。いつもならここでリトゥエが怒り出すところだが、このときは違った。目を伏せ、心なしかうなだれ、リクの目線あたりまで降りてきた。
「私は、リクのためのリトゥエなのよ」
「どういうことれすか?」
「言葉通りよ。私はリクのためのリトゥエ。あの人には」と、先の青年をちらりと見る。「あの人のリトゥエがいる。ここにいるほとんど全員に、それぞれのリトゥエがいるの」
「ストレスで頭の線が切れたんじゃないの? ケララ」
リトゥエはピスケスを一瞥して、リクに視線を戻す。そのリクもリトゥエの言葉の意味をつかみあぐねているらしく、首を「?」と傾げていた。
「私を見てて」
そう言うと、リトゥエは人混みの中へと飛び込み、空中で静止した。そのリトゥエに、フルプレートを来た騎士が近づいてくる。
「そのままじゃぶつかっちまうれす……あ!」
リクが思わず声を上げたので、フルプレートの騎士が振り返った。だがリクに特別興味を覚えなかったらしく、そのままのしのしと歩いていく。騎士が去ったあとに、リトゥエは翅をはためかせている。
「え? え?」
「すり抜けた? もしかして」
笑うのも忘れて、ピスケスが訊ねた。リトゥエは無表情のままリクの前に戻ってくる。
「私は、リク以外の人には見えないし、触ることもできない。これが『リクのためのリトゥエ』ってこと。わかった?」
唐突な出来事で言葉にならず、リクはコクコクとハトみたいにうなずいた。
「あたしにはあんたはしっかり見えるけど? クスス」
「それはたぶん、あんたがリクのものだからよ」
「なっ、なに訳わかんないこと言ってるの」
「私だってわかんないわよ。私は何でも知ってるって訳じゃないもの。でもその可能性はあるわ」
「信じない、信じないからね。キキッ」
ガラスを引っ掻くような甲高い声を上げてピスケスは憤慨し、人混みの上を飛び抜けていった。
「ばいばーい」
急にいなくなるのは慣れっこなのか、リクはひらひらと手を振った。もちろんピスケスにはそんなもの見えやしないのだが。
「で、これからどうする?」
リトゥエもお構いなしで話題を変える。
「ヨツバたちのとこに戻る? それともまだなんか食べる?」
「宿に戻るれすよ。そろそろレリオさんも来てるかもれす」
「レリオ? ああ、あのやたらハイテンションな子。テイマーだっけ?」
「それす。なんだかドラゴンの卵を孵したって言ってたらしいれすよ」
リクが言うと、リトゥエはあからさまに顔をしかめた。
「げっ、私ドラゴン苦手なのよね……」
「その子にはリトゥエちんは見えないから、大丈夫なんじゃないれすか?」
「気持ちの問題よ」
リトゥエはため息をついて、リクの頭の上に腰掛けた。リクは目を細め、両手を大きく振って歩き出した。
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