旅の途中
買う人、売る人、それにただの物見遊山の人々で、市場はそこそこの賑わいを見せていた。その人の流れの中に、一人の少女がいた。少女は頭から狼の毛皮をかぶっていて、半分隠れた顔からは細い目がのぞいている。衣服も毛皮を適当に縫い合わせた適当な代物で、どちらかというと露出の高い方かも知れない。筋肉質の肩には、赤毛に赤服の妖精が腰掛けてキャベツの芯を囓っている。そして少女もまた、鳥の手羽先のようなものにかじりついていた。
「もぐもぐ」「しょりしょり」
いかにも食べています的な音をBGMに市場を歩きながら、あちこち見回していた。そしてタイミングよくキャベツと手羽先がなくなった頃、少女はある屋台の前で立ち止まった。その屋台は畳三枚分はあろうかという大きな鉄板を広げていたが、それが狭く見えるほどに大量の食べ物が埋め尽くしていた。おそらく食べられるものとあればなんでも焼くのだろう。豆やら魚やらのど真ん中に、豚がまるまる一頭寝転んでいた。屋台の主とおぼしき老人は、いかにも頑固そうな四角い顔にねじりはちまきを巻いて、真白の髪はまるでヤマアラシみたいに天を向いていた。
「おう嬢ちゃん、何か食うかい?」
堅物そうな表情とは似つかわしくない人なつっこい口調で、老人は少女に訊いた。少女は人差し指を唇にあてながら鉄板を眺めて、それから焼きトウモロコシに目を留めた。
「これが欲しいのれす。あと」
と、少女は老人の後ろ、在庫の山の中の小さなトウモロコシを指さした。
「あと、そのかわいいトウキビもくださいれす」
「こりゃ生だぜ? それに小さくて食べる部分なんか……」
「私が食べるのよ。ぶつくさ言ってないで、さっさと出しなさい」
少女の肩に乗っていた妖精は、昆虫のような瞳を鋭くつり上げて怒鳴った。たじろぐ老人に、少女はにこやかに訊ねた。
「いくられすか?」
「じゅ、十二リーミルだよ」
少女は巾着のような袋から硬貨を何枚か取り出して、老人に放った。呆けながらも長年の条件反射か、老人はすべての硬貨を落とすことなく受け止めた。そのいつも通りの習慣で気を取り直したか、焼きトウモロコシと、小さな生トウモロコシを投げて返す。少女が焼きトウモロコシを、赤毛の妖精が生トウモロコシをそれぞれ受け止めて、そのまま口へと運ぶ。小さくため息をついた老人を後目に、少女たちはまた歩き出す。
そんな二人を、遠くから呼ぶ声があった。
「……クー……」
声は次第に近付いて、やがてはっきりと「リクー!」と聞こえるようになる。透明な二枚の羽をトンボのようにはためかせ、一人の妖精が少女に追いついた。その妖精は赤毛の妖精とよく似ていたが、瞳は人間に近く、髪と衣服が紫色だ。
「あや、リトゥエちん。どこ行ってたれすか?」
リクと呼ばれた少女は焼きトウモロコシを手に、羽ばたきながら器用に肩で息をする妖精──リトゥエを見上げた。リクの暢気な口調にリトゥエは苛立ちを隠さない。
「あのねえ、どこ行ってたじゃないわよ。急にいなくなるもんだから、探しちゃったじゃない」
「あんたがよそ見してたのが悪いんでしょ。クスス」
赤毛の妖精は意地悪く笑う。
「てーかピスケス、あんたもいたのね」
赤毛の妖精──ピスケスの手にも生トウモロコシが握られているのを見て、リトゥエはわざとらしくかぶりを振った。
「……っとーに、あんたたちって、考えることといったら食うことで、することといったら食うことで、食べることといったら食うことなのね」
「最後のは当たり前れすよ」
「ばか?」
「く……」
怒りをなんとかかみ殺して、リトゥエは二人に向き直る。
「あのねえリク、あなたが第七位相の刻印を受けてからもうずいぶん経つけど、それっきり全然刻印は増えてないじゃない。竜退治とか、宝玉探索とか、少しは真面目にやったらどうなの?」
つとめて穏やかに、リトゥエは言った。だがリクは、苦虫を噛みつぶしたように口元を歪めるだけ。
「この焼きトウキビ、虫さんが入っていたのれす」
そう言って、米粒ほどの黒い虫をペッと吐き出す。どうやら本当に苦虫を噛みつぶしたらしい。そしてリトゥエのお説教はまるで届いていないらしい。
「そんなんどーだっていいじゃないの。どうせ他の誰かがもうカタつけてるでしょ。ケララ」
囓り終えた生トウモロコシのカスを路地の隅に投げ捨てて、ピスケスは飛び上がった。
「あやや、またどっか行っちゃうれすか?」
リクはピスケスを名残惜しそうに見上げた。
「小うるさい誰かさんがいるからね。クスス」
リトゥエがなにか言うよりも早く、ピスケスは飛び去った。人々の合間を縫って、あっという間に見えなくなる。リトゥエがピスケスを見失ってリクに視線を戻すと、食欲魔人はまだ手を振っていた。
「あのね」リトゥエが咳払いすると、リクはこちらに向き直る。「トホルドでグロウたちが待ってるから、早く行きましょ」
グロウという名を聞いて、リクの目が輝いた。
「グロウさんれすか! 懐かしいのれす。お元気れすか?」
「私に聞かれても……まあ、一応元気は元気みたいだけど。無駄にね」
「トホルドれすね。わかったのれす、すぐに行くのれす」
リクは言って、焼きトウモロコシを一気に囓り尽くし、ゴミ捨て場に放り投げた。それからごしごしと口元を拭って、元気よく歩き出した。
「はぁ……グロウもアレだし……先が思いやられるわ」
リトゥエの呟きは、鼻歌交じりの少女には届かない。そしてその不安は悲しいかな現実のものとなってしまうのだが、それはまた別の話。 |