(1)酵素の実験

 今の時代に、酵素という生物用語を知らない社会人は皆無といって良いであろう。酵素入り洗剤や酵素を主成分 とした医薬など沢山の製品が市販されている。酵素を英語では、Enzyme(エンザイム) と言う。ドイツ語では、Enzym と書き、エンツィームと発音する。洗剤の中の青い粒が酵素のセルラーゼだそうだ。拾い集めて何か実験を考えたら 面白い。
 酵素発見の歴史は、ここでは触れない。酵素の主体は、タンパク質である。だから、タンパク質の性質が判れば、 自ずから酵素の働きも判ってしまう。有機化学や生化学は、いまや時代の寵児であるが、製薬会社の研究所などで 働いている大スターの化学者を横目で見ながら、生物学を専攻した者には、何か冷や飯食いの持つひがみが見られ るような気がするのは、偏見だろうか。
【対照実験】
 生命現象の持つ複雑なはたらきの要因は幾つあるか判らない。ある現象の原因が何であるかを調べるには、対照 実験を設定し実験するのが良い。日本動物学会・日本植物学会編「生物教育用語集」(東京大学出版会)によれば、 対照実験とは、実験を行う際、操作・条件などの要因に対する効果・影響を明確にするため、本来の実験(本実験 という)と一つの要因以外の操作・条件をすべて同じにしておこなう実験をいう。生物学のように現象が複雑な分 野では、本実験といくつもの対照実験の結果の比較検討が、要因の効果などを明らかにするために重要である、と ある。 

<1>カタラ−ゼの実験
オキシフル(オキシドール)を傷口にたらすと、ぶくぶくと泡が出て傷口が消毒されるが、この時、傷口が大変に痛む。 しかし、最近は家庭の常備薬の中から消え去っている。お宅の薬箱の中はどうだろうか。富山の薬売りが来なくなって、 久しい。子どもの頃、富山の薬売りのおじさんから紙風船を貰うのが大変に嬉しかった。富山の薬売りの姿の見えない 寂しさは、薬箱にオキシフル(オキシドール)が無い寂しさに似ている。カタラーゼは酵素の研究対象として、専門家 の間で今日でも良く研究されている。
【材料】
 肝臓(ブタ・ウシ・ニワトリなど)、大根。
【器具薬品】
 薬局で購入した過酸化水素水(オキシフルあるいはオキシド−ル)、試験管、試験管立て、ビーカー、ミキサー、 おろし金(大根おろし)、時計、水酸化ナトリウム、塩酸
【実験の手順】
(1)まず生の肝臓片を、固まりのまま使うか、ミキサーで液体状にして使うかが問題となる。出来ることなら、ミキ サーで粉砕して、液体状にした方が使いやすい。大根も、おろし金(大根おろし)で大根ジュースにしておくと良い。
(2)AからHまでの8本の試験管を試験管立てに立てる。それぞれに、2mlずつの3%過酸化水素水を入れる。
A:蒸留水1ml+生肝臓ジュース0.5mlを加える。→泡は試験管内のどの高さまで発生するか?
B:1%塩酸1ml+生肝臓ジュース0.5mlを加える。→泡は試験管内のどの高さまで発生するか?
C:1%塩酸1ml+生肝臓ジュース0.5mlを加える。→泡は試験管内のどの高さまで発生するか?
D:蒸留水1ml+煮沸肝臓ジュース0.5mlを加える。→泡は試験管内のどの高さまで発生するか?
E:蒸留水1ml+生大根ジュース0.5mlを加える。→泡は試験管内のどの高さまで発生するか?
F:1%塩酸1ml+生大根ジュース0.5mlを加える。→泡は試験管内のどの高さまで発生するか?
G:1%塩酸1ml+生大根ジュース0.5mlを加える。→泡は試験管内のどの高さまで発生するか?
H:蒸留水1ml+煮沸大根ジュース0.5mlを加える。→泡は試験管内のどの高さまで発生するか?
(3)実験結果(泡の出た高さを、+、++、+++の3段階で示し、泡の出ない場合を、-で示す。)
    A:→結果:+++         E:→結果:+++
    B:→結果:+          F:→結果:+
    C:→結果:+          G:→結果:+
    D:→結果:-          H:→結果:-
(4)実験から得た結論
 煮沸した肝臓や大根に含まれるカタラーゼは、熱で失活してはたらきを失う。酸やアルカリの中では、 その立体構造が変化するからであるが、酵素のはたらきが悪くなる事が判った。極めて、おおざっぱな 実験で、これで何が判るかと厳密科学指向の方は思うのではなかろうか。しかし、厳密な定量的実験を しなくても、ある一定の傾向が判るというだけでも大きな成果である。測定器具の何々が無いから実験 出来ないというのは、優等生に多いそうであるが、今ある道具で、どこまで調べることが出来るかが大 切であって、精度は二の次としなければならない。

<2>唾液アミラーゼの実験
 これは、われわれの体が持っている酵素のはたらきを知るのに最適な実験である。生徒は、 自分の体に含まれている酵素がどれほどの作用をしているかを実感して、大変に驚き、感動する。 ただ、唾液の採取の時、クラス内の雰囲気で、採取を嫌がる生徒が出てくる場合がある。生徒の皆が、 積極的に唾液を採取するような雰囲気を作っていくことが大切となる。実験方法については、また、 後日、述べよう。


<練習問題>次の会話を読んで、下の設問に答えよ。
(1)生徒:「物を燃やす時、最初に火を付ける必要がありますね。」
(2)教師:「薪(まき)でも炭(すみ)でも、火を付けてやらないと、いつまでもそのままで変化しませんね。」
(3)生徒:「言い換えると、化学反応を起こすには、切っ掛けが必要と言うことですか?」
(4)教師:「そうです。化学反応を引き起こすための、切っ掛けのエネルギーが必要な訳ですね。」
(5)生徒:「最初に切っ掛けのエネルギーを与えると、後は必要ないのですか?」
(6)教師:「最初に切っ掛けのエネルギーを与えて化学反応が起きると、その後はその化学反応で生じた エネルギーによって化学反応が進む場合と、化学反応を起こすために引き続き、継続的にエネルギーの供 給を必要とする場合があるのです。」
(7)生徒:「前者を発熱反応、後者を吸熱反応というのですね。」
(8)教師:「おや、だいぶ解ってきたね。その調子で勉強しなさいよ。」
【設問1】会話(1)(2)(3)(4)の化学反応を引き起こす切っ掛けのエネルギーのことを何というか?
【設問2】切っ掛けのエネルギーを小さくするにはどのような方法があるか?
【設問3】化学反応を早くするには、どんな条件が必要か?
【設問4】会話(5)(6)(7)の生体内における発熱反応と吸熱反応の例を上げなさい。
<解答>
【設問1】活性化エネルギー
【設問2】触媒を使うと良い。生き物の場合は、生体触媒、即ち、『酵素』が細胞内で作られたり、細胞外へ分泌されたりする。
【設問3】温度を上げる・基質濃度を高める・酵素濃度を高める等
【設問4】発熱反応は筋肉運動等。吸熱反応は光合成等。

HOME