(2)カイコを使った実験

 手元に、森精編「カイコ による新生物実験 生命科学の展開」(筑波書房)という1冊の本がある。この本は、昭和45(1970)年に 第一版が作られ、だいぶ経った昭和61(1986)年に第二版が発行された。第一版が発行された時は、まだ 若い教員時代で、この本のことを知らず購入しなかったが、第二版が発行されるとすぐに購入した。そ の理由は、昭和55(1980)年に行われた「日本生物教育会(JABE)第35回全国大会(東京大会)」のお手伝い をさせて頂いた後なので、ぼく自身、生物教育への関心が高まっていたからである。

 僕が教員になった昭和35(1960)年頃は、東京近郊の勤務校の周囲には田園風景が広がり、水田も 多く、トノサマガエルの採集も容易であったので、解剖に供する動物には事欠かなかった。やがて 多摩地区の開発が進むにつれ、水田や畑は宅地と化し、トノサマガエルの採集も困難になって来た。 自然から遠くなりつつある都会生活に慣れた生徒達は自然の中の生き物に触れる機会が減って来て いるようであった。やがて、文化祭で使用するカエルも、遠い多摩地区からわざわざ都内まで出掛 けて行って、大塚や本郷にあるカエルを取り扱う商店から購入する羽目となってしまった。

 どなたの発案なのかは知らないが、やがて東京都生物教育研究会が中心となって、東京都蚕糸指 導所にお願いして、解剖材料としてのカイコの配布が始まった。これで、毎年カイコの入手が可能 となり、高校生物実験に於ける難題の一つだった動物解剖のための実験材料の入手が解決した。

  1.カイコの解剖
 カイコの解剖をする際には、必ず生徒の掌(てのひら)に生きたカイコを一匹ずつ載せて、自分の実験 台に持ち帰るようにさせた。中には、生きて動いているカイコを見て立ち竦(すく)んでしまい、掌を広 げて差し出すことの出来ない女生徒も居り、生きた動物であるカイコに直接触る貴重な体験となったよ うである。

 まず、カイコの外部形態の観察 から始める。「カイコをよく観察して、丁寧にスケッチしなさい。」と指示する。カイコは節足動物門 鱗翅目に属する昆虫で、カイコガの幼虫である。実験では、5齢幼虫を使っている。まず、頭部を除いて 13体節があることを確認させ、体節の背側にある斑紋の眼状紋、星状紋、半月紋を見る。教師でも「横 紋筋(おうもんきん)」を「横絞筋(おうこうきん)」と書き間違えることがあると聞く。黒板に「眼状紋」 と板書する時、「眼状絞」と書き間違えないように気を付けねばならない。次いで、胸肢、腹肢、尾肢 を確認させ、気門を探させる。
 外部形態の観察を終えたら、次は解剖である。幼虫をエーテルで麻酔し、解剖皿に背面を上にしてお き、頭部を針でとめ、肛門よりはさみを入れて前方に皮膚をすくい上げながら切り進み、頭部の基部ま で切る。つぎに皮膚を左右にひろげて針でとめ、水を十分そそぐ。この頃になると、生徒は黙々と作業 を進める。カイコの内部形態 に関しては、生徒の理解を確実にする為に、教師が各班の実験台を巡回して、個々に説明する必要があ るようだ。

2.カイコの遺伝
 カイコの卵色の遺伝に関する実 験は、都立八王子東高校の特別講座で希望者に実施したが、ここは生徒が学力的に優秀であるためか、 教師がさして手を加えなくても、メンデルの法則に従う立派な実験結果を得て、レポートにして提出し てきた。

 何はともあれ、カイコの飼育やカイコを使った実験をしている学校は、小学校から大学まで、全国 的にきわめて多いようだ。ぼくは幸いにして、カイコの詳しい実験書を購入して持っていたので、実 験に当たっての苦労は、比較的少なかったように思う。当時、「カイコによる 新生物実験」(第二版) はまことにタイミングの良い、時機を得た発行で多いに役に立った。

【リンク】
カイコを使った実験

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