車の弱点

よく、車は走る凶器なんて言い方をします。確かにモラルの欠ける人が運転する車は凶器そのもので、毎年多くの交通事故が起こっています。しかし体の小さな子供にとって、鉄のかたまりである車は、停車しているだけでもかなりの威圧感があります。

僕は小さい頃、車を「人が操る機械」ではなく「動く鉄のかたまり」と認識していました。ですから車を見るたび、下手に動けばやられてしまうという恐怖と共に生きてきました。

僕の住んでいるところは車同士がすれ違うのもやっとといった旧道ばかりで区画整備なんてありません。幼稚園までの通園僕の通っていた幼稚園は親の送り迎えがありませんでした。は毎日が車との戦いでした。

道路が完全な一本道なら端を歩けばいいし、あらかじめ車の目的地がわかっていれば迂回できるので、ひかれる心配はありません。しかし十字路で車と出くわしたときは、どの方向に曲がって来るかわかったもんじゃありません。

今まで僕の横を通り過ぎていった車はよくても、今度のヤツは僕を狙っているかも知れないのです。そう…例えるなら、激戦区のジャングルでブッシュをかき分けたら所属不明の兵と出くわして死を覚悟した、といった心境でしょうか。

我が家において僕に交通ルールを教えるのは母親の役目でした。キョロキョロよそ見しながら後ろをついてくる我が子に向かって、母はいつも「よそ見してたら危ないで。しっかり前見て歩きや」と僕の方を向いて注意してくれました。その直後、車にひかれそうになった母を、今度は車が「よそ見してたら危ないやろ」と注意します。

さすが我が母。車の危険性を身をもって教えてくれます。幼いながら、反面教師…という言葉が脳裏をかすめました。

そんな母は、車にひかれないための画期的な方法を僕に伝授してくれました。

「車ていうのは確かに危険なもんやわ。いつひかれてしまうかわからへん。でもよーく見てみ、車には曲がる方向にオレンジの光を出してしまうという弱点があるんやで」
「な、なんだってー!」

一見無敵を誇る車にそんな弱点があるとは盲点でした。なるほどよく観察してみると、車は曲がる前にピカピカ光ってます。車よ、畏るるに足らず。

僕の車に対する恐怖は、この瞬間からなくなったと言っても過言ではありません。

みなさんはオレンジの光がウィンカーだということにお気づきでしょう。そして僕をアホだと思うかも知れません。僕もそう思います。今となっては、なぜ母の戯言を信じてしまったのかは謎のままです。

しかしこれだけは言えます。僕は車のウインカーを見ると、いまだに「あ、弱点をさらけ出してる」と思ってしまうのです。我が珍生で何度も口にしていますが繰り返し言いましょう。

世の父兄諸君、幼い頃の教育は重要です。いい加減なことは決して口走らないようにしましょう。