修学旅行当日……。 早朝、オレとあかりは揃って学校に来た。 学校の塀沿いに、観光バスが何台か止まっている。 みんなは生徒玄関前で、ガヤガヤと出発のときを待っている。 |
校門をくぐると、そこで志保に出会った。 「おはよう、志保」 あかりが、にっこりと挨拶。 「おっはよーっ、あかり」 「よお」 なんかぎこちない、オレ。 「へぇ……、今日は遅刻しないんだぁ」 「そ、そうだな」 「志保、浩之ちゃんは遅刻しないわよ」 「……そーね。あかりがついてるしね」 |
「浩之ちゃん、私ちょっと先生のところに行ってくる」 「おう」 あかりは校舎へと駆けていった。 オレと志保が残される。 「――えっと、元気にしてたか?」 妙に緊張して、変な挨拶が出た。 ……見れば判かるか。 すると、志保はつかつかと歩いてきて、 |
「ちょっと、ヒロ!」 みんなに聞こえそうな声で耳打ちする。 「は?」 「あかりには内緒にしろって、言ったでしょ!」 「オレは言ってねーよ!」 「その態度がおかしいのよ!」 「態度って言われてもなぁ……」 「なんかあったって、すぐにばれるじゃないのよぉ!」 「そ、そうかぁ?」 |
「あんたねぇ。言っとくけど、1回Hしたからって、あたしはあんたの恋人にも、ましてやあんたの女になったわけじゃないのよ! あんたは、ただの通過点なの。勘違いしないでくれる?」 「……」 オレは何も言えなかった。 そこにいるのは、あの、オレと肌を重ねた、しおらしい志保じゃなかった。 ただのガサツで下品な『歩く校内ワイドショー』の長岡志保だった。 |
「解ってんの?」 志保が訊いた。 オレは、何かが吹っ切れたような気がした。 「ふざけんなよ。あんまりオレに生意気な口きくと、ベッドの上での、お前の可愛さを、男子に言いふらしてやる!!」 みんなに聞こえないよう、声をセーブする余裕はあった。 |
「なんですってぇ!? この、長岡志保ちゃんを脅す気ぃ!?」 「脅しちゃいねえよ。事実を公表するって言うんだ」 「約束したじゃないの! ウソつき!!」 「あかりには言わねえよっ!」 |
「え、なに? あたしには言わないって?」 「あ、あかりぃ!?」 オレと志保は、同時にそんな声を上げた。 「ねえ、なにを言わないの?」 「なんでもねえよ」 「そうそう、なんでもないの」 「うんうん」 オレはうなずいた。 |
「へんなの……」 「ヒロ、さっきの話、あとで決着付けるわよ」 志保が今度は小声で耳打ちする。 「わかった」 オレはうなずいた。 「ふたりとも。もうすぐ出発だって」 「よ〜し! まだ見ぬ北海道へ向けて、しゅっぱ〜つ」 「しゅっぱ〜つ」 「あいよ」 苦笑混じりで、オレは応えた。 |
――春。 すべてが新しい季節。 このさき、オレにはどんな出会いが待っているのだろう……? |
そして、月日が流れ――。 ・ ・ ・ ・ |
5 years later... ――5年後……。 |
今日もいい天気だ。 ……しかし、オレは急いでいた。 大学の講義に、遅れそうだ。 しかもその講義を逃すと、単位の取得が怪しくなってくるという、大事な講義だ。 「ちくしょう、車が欲しいぜぇ!」 ……走りながら、時計に目をやった。 ヤバイ……。 時間的にかなりヤバイ。 間に合わねえかも……。 |
不意に、野太い音を立てて、真っ赤なスポーツカーがオレのすぐ脇に並びかかった。 ふざけた調子にクラクションを鳴らされ、オレは、何事かと運転手を覗き見た。 「ひょっとしなくても、藤田くん?」 運転席の女の子は、オレにそう声をかけてきた。 |
オレは目をしばたいた。 「――お前、もしかして志保?」 「久しぶりじゃん。ヒロ」 そう言って、志保は微笑んだ。 ヒロ――。 懐かしい響きだ。 |
「すっげー久しぶりじゃんか。今、なにやってんだ?」 「あんたと話してる」 意地悪く言う、志保。 何年ぶりかで会っても、相変わらずオレをムカつかせてくれる。 「変わってねえな」 「あんたもね」 「……」 |
いろいろ話したいことはあるが、そのどれから話せばいいのか分らない。 オレは言葉に詰まってしまった。 「……」 志保も、黙ってオレを見つめている。 どうやらオレと同じ心境らしい。 |
「今からどっか行くの?」 結局、次に口を開いたのは志保だった。 「大学」 「へえ……、真面目に通ってんだぁ」 「いや、不真面目だから、今日の講義に遅れると、単位が危ねえんだ」 「アハハッ、やっぱヒロだ」 陽気に笑う志保。 オレは『ちえっ』とふてくされた。 |
しかし、こんな場所で知り合いの車に出会うってことは、またとないチャンスだ。 「なあ、いい車じゃねえか。乗せてってくれよ」 「いいわよ。乗って」 オレは最後まで聞かないうちに、助手席へ滑り込んだ。 「ふう、助かり〜っ」 乗り込むと、車は軽くホイルスピンしながら走り出した。 |
――と思ったら、車は対向車線へ……。 「あぶねえっ!」 テレビ顔負けのアクションで対向車をかわし、車はようやく正常に走り始めた。 「フウ……、焦ったわ」 「オメエッ、免許持ってんか? 危ねえだろーが!」 |
「ごめんごめん。日本の道路、久しぶりなのよ」 なにやら意味深なセリフを吐く、志保。 「お前、日本にいねえのか?」 「まあね。仕事でずっとアメリカ。……でも最近は、ヨーロッパが多いかな?」 「なんかすげえな。いったいどんな仕事だよ」 「フフフッ」 志保は悪戯っぽく微笑んで、 |
「国際的ジャーナリストかな」 とか言った。 「ジャーナリスト? なんかそのまんまじゃねーか!」 志保はちょっと困ったような顔をして、 「ああ……。そういえば、高校時代、バカなことしてたわね……」 遠い昔のように言う。 「ホント、バカやってたよな……」 |
――あれから、オレと志保は何の進展もなく、単なる喧嘩友達として過ごした。 卒業後志保は、急に大阪へ引越し。 オレとあかりは同じ大学に進み、現在に至る……だ。 |
「懐かしいわねぇ……。あかり、どうしてる?」 「あいつ? 先にキャンパスに着いてるだろ」 「へえ……、一緒じゃないんだ?」 「あったりめーだろ。いつまでも一緒に学校へ行ってられっか!」 「ふ〜ん……。進展あったんだぁ」 「なんだそりゃ?」 |
「あんたたち、今、付き合ってるの?」 「別にぃ。……今までどおりだな」 「そうだとしたら、進展ありってことよ」 「だから、どういう意味だよ」 「ただの幼なじみから、一歩進展したって意味よ」 「なんでだ? オレたちは何も変わってないぜ?」 「フフッ、あんたたち、そのうち結婚ね」 「おいおい」 「これでよかったのよ……」 遠い目をして、志保は言った。 |
「なにがだよ」 「――ま、いっか。教えてあげる」 志保はちょっと悩んでから、そう言った。 「教えろ」 「ヒロ……、覚えてる? あたしとHしたこと」 「ん……ああ。よ〜く覚えてるぜ」 「あたしね、ホントはあんたのこと、好きだったんだ」 「ぬわにぃ!?」 |
「あかりを思って、あたし、身を引いたのよ」 ……今明かされる、意外な真実。 「知らんかった……」 「まあ、いいじゃん。今でもあんた、あかりと一緒なんだから」 「……」 そうこうしている間に、大学のキャンパスが見えてきた。 |
「ほいさ。到着」 「サンキュ、余裕で間に合ったぜ」 「……あんたさあ、車の免許取りなさいよ」 「いや、免許はあるけどな、なにぶん貧乏学生で……」 「あっそ。じゃあ、この車、あげる」 さらりと志保は、とんでもないこと言う。 「は?」 |
「日本で車持ってても、ほとんど海外にいるから意味ないのよ。だから、あげる」 「おい……。この車、高いんだろ? こんな――」 「つべこべ言わないの。あたしからの結婚祝いよ」 「誰が結婚だよ!」 「いいからいいから。あとで譲渡証明とキイ、送るから。じゃね(はぁと)」 「おい、志保っ!」 |
真っ赤なスポーツカーは、ケツを振りながら急発進して、あっという間に角を曲がって見えなくなった。 |
「……あいつ。成功してんだな」 オレはしみじみ言った。 ……さ〜て、オレも頑張んねえとな。 伸びを一つして、オレは大学の門をくぐった……。 |