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2001年9月議会一般質問
1.最初に、市町村合併に関連する質問をさせていただきます。市町村合併につきましては、議会においても特別委員会が設置され、検討を開始しております。私は今回の市町村合併には反対である旨繰り返し述べております。
従来パターナリズム(父親的干渉主義)のもとで市町村を統制し、市町村が主体的に考える自由を許さなかった国や県が、財源、権限、人材の手当をすることなく、手のひらを返して「自立」という名の地方(地域)の切り捨てを行うことに対して異議申し立てをしたいのであります。特に、中間団体である県こそが先行して看板を下ろして見本を示すべき責任があろうと考えます。合併反対のホームページを開設している議員は全国で私だけであろうと思います。しかし、反対のための反対を主張するものではありません。議論を尽くした後に民主的な手続きで合併が行われることを否定する考えはありません。
ただ、今回の合併論議の中で危うさを感じるのは、各首長が口を揃えて「合併は避けて通れない」と言われることです。戦前の我が国は、指導者が「やむを得ない」の言葉を連発しながらに日中戦争、太平洋戦争への道をひた走り、国を破滅へと導いた苦い歴史を持っております。戦後になって話を聞くと、当時の軍部でも特に対米戦争に賛成の人はほとんどいなかったのだと言います。多くの指導者が好ましく思っていなかった対米戦争を「やむを得ない」と言いながら遂行した無責任体制への反省こそが地方の指導者を含めた我が国の指導者に求められることであります。合併を語る際にも、「避けて通れない」という消極的な発想では、市民への責任を果たしたことにはならないと思います。
我が国は変革期に差し掛かっており、あらゆる制度について聖域を設けずに検討を加えていくことには合理性があります。地方政治においても、中間団体である県の存廃の是非を含め、どの様な仕組みであれば地方が活性化し、住民が豊かで幸福な暮らしができるのかを念頭に置きながら改革を進めていくべきであります。しかしながら、聞こえてくるのは、平成17年3月までに合併しないと国からの優遇措置が得られないから早くやらないといけないという目先の利益のみを考えた議論ばかりであります。
長期的に見て合併により地域がどうなるのかをきちんと考えた上で合併するというのであれば話は分かります。地方政治に責任を持つ我々は、まずビジョンを語るべきであります。「ビジョンなければ合併なし」であると思いますが如何でしょうか。市長に、現時点で考えられる合併後の地域ビジョンがありましたら御説明願いたいと思います。
私は、現時点で明確なビジョンを描くことは難しいであろうと思っております。と言いますのも、これまで「市」と「町村」とは縦割りの別グループのお付き合いがあり、疎遠でありました。無論、近隣の町村とは事務組合でのお付き合いがある訳で、知らない仲ではないにしても、それは事務組合関係者に限られると思います。一般市民レベルでの交流を含めて伊予郡市での交流の現状はどの様なものでしょうか。
最近、図書館で他の市町村の広報を見ようと思いましたところ、企画人事課にはありますが図書館には置いてありませんとのことでした。松前町の図書館では、幾つかの町村の広報は展示されていましたが伊予市の広報は展示されていませんでした。今はインターネットで情報が取れるとは言え、一般市民は近隣の自治体の広報を見る機会もほとんどありません。このような状態で「合併」と言われても、交際せずに結婚しろという話と同じです。近隣自治体との交流を促進することこそが現時点での課題ではないでしょうか。
その中で、機が熟した段階で「合併」という問題も出てくるかも知れませんが、その際、先程述べましたように、どの様なビジョンを共有できるかが問われてくると思います。
市長が合併を推進されるお考えであるのなら、交流を促進しつつ、「地域ビジョン協議会」の創設を検討されるべきであると考えますが如何でしょうか。
尚、これは私のアイデアではございません。愛媛県の市町村合併推進要綱検討委員会会長、愛媛大学教授の藤目節夫先生の御提言を紹介したものです。9月4日、中山町で開かれた伊予郡町村議会議員集会での講演の中で述べられています。
このような手順を踏んでいくことが王道であると思います。しかし、それでは平成17年の期限に間に合わないという懸念が生じます。先程述べた講演の中で、藤目教授は「そのような期限を気にする必要はない」と言われました。私も同感です。市長は平成17年3月の期限をどの様に受け止めておられるのかお聞かせ下さい。藤目教授も言われる通り、自治のあり方を問い直すよい機会と捉え、地域ビジョンを描くことを第一に考えるべきであり、期限のために合併を急ぐ必要はないと思いますが如何でしょうか。
2.次に、コミュニティーの自治についての見直しということをテーマとした質問をさせていただきます。この問題も合併問題と結びついて考えることが出来るテーマです。
仮に、合併して新しい自治体が出来た場合には、団体自治を補完する意味でも、また、住民自治、即ち、地域の民主主義が強化されなければならないという意味に置いても、地域ごとの自治がより重要になってくると思います。その地域の単位を「コミュニティー」という言葉で置き換えた場合、コミュニティーの自治をどの様なものと考えるかという作業が必要になります。
伊予市におきましては、現在、「大字」の単位での自治が行われています。郡中の街場と農村部とでは様相をことにしております。ここで、農村部の大字の自治に注目してみたいと思います。大字の自治については、詳しくは存じません。この点の御説明もしていただければ幸いです。私が聞き及ぶ範囲では、大字の自治は農業のための水利を中心に廻っており、非農家は大字の自治には入り込めない面があるということです。農家の数が減少した現在、大字で住民の共通した話題は別のところにあるだろうと推測されるのですが、この点の実態はどうなのでしょうか。もっと現状に即した合理的で開放的な自治のあり方を追求すべきではないかと思うのですが如何でしょうか。
農村部と街場とを問わず、地域で自治を担いうる人材の発掘も重要な課題であると考えます。お勤めをされている方から、定年まで待ってもらっているので、定年になったら役が回ってくるということをよく聞きます。60歳前後に地域デビューをされるのです。これで良いかどうかです。私は、可能な限り現役世代が地域に関わり合いを持っていくべきだと思います。ただ、これは当人からすれば、おっくうであり、苦痛な話です。
しかし、これからの時代は、自治は行政任せという訳にはいきません。様々な分野で市民の参加が必要です。市民の参加がなければ健全な自治はないと思います。現状のように、一部の人に役が回ってきて大変なご苦労をされるということは気の毒な話であると共に、自治に全く無関心な市民と一人何役かで担っていく人とが分離した状態は好ましくないと思います。しかも、定年後デビューでは遅すぎると思います。様々な年代の人が意見を交換し合っていくことが理想です。現役世代の参加を求めるためにも、一部の人に負担が集中しないためにも、市役所にコミュニティーの事務局を置き、担当職員を決めておくことを検討すべきであると思いますが如何でしょうか。職員さんには所管事務とコミュニティー事務局との二足のわらじを履いてもらうことにもなろうと思いますが、自治のプロとしての意識を育む契機にはなると思います。
また、これからは、明るく住みやすい地域社会を創っていく必要があります。地域のボスが支配するといったことではなく、風通しの良い地域にするためには、地域の意思決定システムの合理化が必要です。新たな人材を発掘するためにもシステムの変更は必要であると思います。
広報区長の選任方法は地区毎にまちまちのようです。広報区長を公選制にし、地域で物事を決めるために地域評議員を創設することも視野に入れてよいと思われます。広報区長制度については市長の制定する規則に根拠がありますから、市長が決定できる訳ですけれども、これを条例事項にし、制度化を検討しては如何でしょうか。
3.三番目に山鳥坂ダム問題について質問いたします。
予定しておりました私の質問@Aにつきましては、議案審議および本日の水田議員の一般質問で、水道事業経営審議会から15%程度の値上げを認める答申があったことが分かりましたので、予定を変更し、通告しておりました残余の質問、即ち、中予分水および山鳥坂ダム問題について、重複があると思いますが、多少観点を変えて質問いたしたいと思います。
近々、第六次拡張計画に伴う水道料金の値上げがあり得るとして、中長期的に見た場合、水道の原価を引き上げる不安要因の最たるものは中予分水に伴う負担金であります。今回の国の見直し案は中予地区にとってはおよそ耐え難い内容であると思います。先程の市長答弁でも、取水地点が不明確であり、漁業補償の問題もあるので、不確定要素が多く、コストの試算が出来ないということが示されました。ということは、私の質問Dもお答えがいただけない訳です。
要するに、水道料金はいくらになるか分からない、分水量が削減され、工業用水がカットされることで分水の積極的な側面が大幅に減殺され、さらに、分水を余力としてとらえることにより、緊急時には役に立たないのではないかという不安が出て参りました。このような不確かな事業に費用負担しなければならないことは、経済合理性に著しく反すると思います。
市長は、山鳥坂ダム建設協議会と歩調を合わせると答弁されましたが、例えば川内町のように議会が反対決議を行い、砥部町長が否定的な見解を述べる等、伊予市を取り巻く各自治体の姿勢に変化が出てきておりますので、前提条件が完全に変わったと判断いたしますが、如何でしょうか。現時点での中予分水に対する市長の判断を、より突っ込んだ形でお聞かせ下さい。
そもそも、山鳥坂ダムについては、肱川流域にとって山鳥坂ダムが必要であるかどうか、河川改修の効果とダムによる治水の効果との比較考量、山林の保水機能の向上に向けた施策の推進、ダムによる環境破壊をどう見るか等の視点で考えるべきであろうと思います。
また、中予の水問題についても、水源の開発については、他のダムからの分水についても考慮すべきですし、海水の淡水化を含め多様な方策があり得るのであり、人口減少を睨んだ水の需要予測の見直しや節水型の都市づくりの推進など検討すべき課題は数多くあります。
私は、「中予分水」に向けての先人のご苦労があり、3市5町の連携に配慮することをが必要と考え、従来、山鳥坂ダムについての意見を申し上げませんでしたが、到底納得できない国の見直し案、3市5町の間での姿勢の変化という状況を踏まえて、従来の前提条件は覆ったと判断いたします。
改めて山鳥坂ダムについて考えるならば、肱川流域にとっても不必要なダムであると思いますし、中予地区にとっても不必要なダムであると思います。必要性を感じているのはダム利権に関わる一部の人達だけではないかとも考えます。
山鳥坂ダム自体の必要性について、市長の考えをお聞かせ下さい。
4.最後に、中学校の歴史教科書採択問題について教育長に質問させていただきます。中学校の歴史教科書については、扶桑社の「新しい歴史教科書」が話題になっております。
愛媛県教育委員会が県立学校について扶桑社の教科書を採択したことが全国的にも注目されたことは御存知の通りです。扶桑社の歴史教科書は、従来の我が国の通説的歴史観を「自虐史観」であるとし、これに代わる新たな歴史教科書を創ろうとするグループが作成したものであります。
扶桑社の教科書を読んでみました。正直申し上げて、面白い本だと思いました。従来の教科書と読み比べてみて、一貫した歴史観があり、しかも、人物中心に描いてあることもあり、なるほどと思える箇所が随所にありました。従来の教科書が、バランスを重視するあまり、平板な叙述に終始し、生徒の歴史への興味を喚起するという教科書の役割の重要な要素を充たしていないことへの警鐘としての意義は充分にあると思います。
しかし、扶桑社の本は、教科書としては不適格ではないかと思います。
第一に、従来の教科書では、世界史の叙述もなされており、我が国の歴史を理解する上でも必要な情報が提供されています。これに対し、扶桑社の本は、日本史については実に詳しいけれども、世界史についての初歩的な知識が含まれていません(古代ギリシャやローマ帝国に付いての記述は省かれています。ルネッサンスも宗教改革もありません)。他国に対する正確な理解無しに自国のことのみを論ずることは、夜郎自大の発想を助長するのみであり、バランスの取れた判断力を養うことが出来なくなると思われます。
因みに、古代漢帝国の時代、中国西南部に小国が多数あり、その中では大国である「夜郎」という国がありました。夜郎の王は漢帝国の広大なことを知らず、自らを強大であると思い、漢帝国の使者に「漢は大きい国だと言うが、広大な我が国と比べどちらが大きいか」と尋ねたと言います。そこから、世間知らずで自分の力量を過大評価して尊大に構えることを「夜郎自大」と言うのだということを蛇足ながら申し添えておきます。
第二に、太平洋戦争を大東亜戦争と呼び、大日本帝国の論理を追認している点に象徴されるように、歴史をその時代特有の尺度で考えようとすることが、結果として他国の人々の感情に対して無感覚かつ無反省な態度を正当化することに繋がっています。
当時の論理だけでなく、振り返って見て良かったかどうかを考えることも歴史の重要な構成要素ではないでしょうか。論語にも、「我日に我が身を三省す」とあります。何度も反省することこそが人から信頼されることに繋がると思います。我が国が、世界のリーダーたらんとするのであれば、まず、他国の人々の痛みに配慮する姿勢が必要でしょう。
第三に、何故日本が無謀な戦争に突入したのかという根元的な疑問に答える姿勢がなく、やむを得ざる選択であったことを示唆すると共に、日本人がよく戦ったことを強調しています。戦前の軍部の独走を押さえることが何故出来なかったのか、何故リーダー達が無責任体制に陥ってしまったのかということについて他社の教科書が掘り下げている訳ではありません。しかし、扶桑社の教科書はこの点への問いかけがあまりにも弱いと思います。
一例を挙げます。軍部、国家の暴走の原因は数々の原因が絡み合っている訳ですけれども、治安維持法はその重要な要素です。扶桑社の教科書の治安維持法に対する扱いは極めて不自然です。叙述は一応あるものの、戦前史を語る上で欠くべからざるキーワードである「治安維持法」を索引から外してあることに、意図的なものを感じます。しかも、ソ連の影響が国内に及ぶことを予想して共産党やその支持者を取り締まるものとして成立したことを紹介した後、「しかし、合法的な社会主義者の活動はさかんで、1928年に行われた初めての普通選挙では、これらの政党からも代議士が生まれた。」として、その影響が限定的であったとする考えを示しています。
しかしながら、治安維持法は特高警察と相俟って日本の民主主義の息の根を止めた類を見ない悪法であります。確かに、治安維持法が成立した当時、この法律が普通選挙法とほぼ同時に成立したこともあって、民主的な空気が存在していました。
ところが、同法は最高刑が死刑に改悪され、拡大解釈が進んだ結果、共産主義者だけではなく、社会民主主義者も取り締まられ、ひいては自由主義者も危険視され、宗教も迫害を受けました。かの吉田茂氏が特高警察に検挙され、投獄されたのは有名な話です。
要人に対しては軍部や右翼によるテロ、一般大衆には治安維持法による弾圧があり、批判することが生命の危険を伴う社会になってしまったことが、国家の暴走を招いたのだということを後輩達に是非分かってもらおうと考えるのが歴史を伝えようとする者の責務であると思います。その反省がない歴史観を持った教科書は、民主国家の担い手を養成する教材としては有害であると言わざるを得ません。
要するに、扶桑社の新しい歴史教科書は、一定の歴史的知識があり、判断の基準が確立した人にとっての副読本としてはお薦めの一冊ではあります。しかし、これから知識を吸収しようとする子供にとっての「教科書」ではありません。市町村の教育委員会が、今後政治的圧力に屈して、このような無反省な教科書を採択しないように注意を喚起したいと思います。
そこで、お尋ねしたいのは、我が地域の教科書についての教科書採択の具体的な手続きです。そのあり方を御説明いただくと共に、教育長が考えられる中学校の歴史教科書採択に当たっての基準、および、特に今年度の具体的判断についてです。
また、先程私の自説を申し上げましたが、扶桑社の教科書が世界のリーダーたるべき国の教科書として適当かどうかの御判断をお聞かせ下さい。
我が国は、民族の団結を誇示し、邁進するといった先進国へのキャッチアップを終え、世界に向けてリーダーシップを発揮しなければならない段階にあると思います。然るに、アジア諸国での「人望」があまりないと思われる状況が継続しております。そのことは何故なのかを真摯に問い直す必要があると考えます。
また、県内または教科書採択の単位としての我が地域の管内で各教育委員会から採択の候補としてあげられる教科書の中に扶桑社の教科書が含まれていたのかどうかについてもお答え下さい。さらに、県立学校での教科書採択と県内の教育委員会での判断との間に採択のあり方の違いがあるのかどうか、および、県教育委員会との見解の差異がどこからくるのかについて御感想をお聞かせ下さい。県教委と市町村教育委員会とに著しい違いがあるのだとすると、県教委の判断は不自然かつ不合理であり、教育関係者としての自覚を欠くものであると考えますが如何でしょうか。
平成13年9月議会一般質問要旨
地域ビジョン協議会の創設を ・・・・市長
- 「合併は避けて通れない」という消極的合併論でいいのか
- ビジョンあっての合併ではないか
- 合併後の地域についてのビジョンを現時点でどの様に捉えているか
- 伊予郡市での交流の現状・・・市と町村とは縦割りで、疎遠ではなかったか
- 交流促進こそが現時点での課題ではないか
- 地域ビジョン協議会の創設を望む
- 合併特例法の期限(平成17年3月)をどのように受け止めているか
- 期限に縛られるべきではないと思うがどうか
コミュニティーの自治についての見直しを ・・・市長
- 大字の自治は現状のままでいいのか
- 水利を中心とした農業自治に対し非農業者が辛い立場になっているのではないか
- 地域での人材発掘の必要性
- 現役世代の地域デビューの促進を図れないか
- 事務局制度の確立を(担当職員制度)
- 広報区長の公選制、地域評議員制度の導入を
山鳥坂ダムについて(伊予市の水問題) ・・・市長
- 第6次拡張計画に伴う金利負担の増加傾向
- これに伴い水道料金はどうなるのか
- 中予分水についての国の見直し案についての評価
- 3市5町の姿勢に変化が出てきたのではないか・・・川内町等
- 計画を受け入れた場合の水道料金の動向
- 現時点での市長の判断
- そもそも山鳥坂ダムは建設すべきではないと思うがどうか
中学校歴史教科書の採択について ・・・教育長
- 教科書採択の手続きについて
- 歴史教科書を採択するに当たり教育長の考える基準、および今年度の具体的判断
- 扶桑社の教科書は世界のリーダーたるべき国の教科書としては不適当と思うがどうか
- 県内あるいは管内で扶桑社の教科書を候補に選んだ教育委員会はあるか
- 県立学校での教科書採択のあり方の違いは
- 県教委との見解の差はどこからくるのか
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