Chirstmas in Zero G Space. |
The illusion of snow.
街を彩る光の輪。 色とりどりのイルミネーション。 この季節、一気にやかましくなる夜景は アスランにとって疎ましいものでしかなかった。 何年か前は、自分もあの中に居たのかもしれない。 ある年は、父や母と共に。 また、ある年はキラの隣で。 自分の両親やキラとその両親で一緒にパーティをして騒いだこともあったっけ。 とにかく、温かで幸せに包まれていた。 連れ立って歩く家族、幸せそうな恋人達。 街路を行き交う人の波をぼんやりと眺めていたアスランは 不意に懐かしい感覚にとらわれて振り返った。 別にそこには誰が居るというわけでもない。 それでも、アスランは振り返らずにはいられなかった。 振り返れば、そこに今は亡きあの人が微笑んでいるような気がするのだ。 アスラン、と名を呼んで、無邪気に抱きついてくるキラとか、 キラはいつまで経っても甘えんぼさんねぇと苦笑するキラのお母さん、 そして、その隣で優しく笑う自分の母。 でも、それは所詮自分の願望で 何度振り返ろうと、そんなことは決して実際には起こらなかった。 ……当然だ。 死んだ人はもう戻ってこないのだから。 街の喧騒を抜け、人目から逃れるように歩いて 身を切るようなの寒さの中、アスランはマフラーを引き上げて口元までを覆い隠す。 朝方から降り始めた雪は、まだ降り続いて、地面を真っ白に染めていた。 「キラ……」 なんでお前は………… たしか、あの日も雪が降っていた。 自分とキラ、それからラクスとカガリの4人で平和式典の会場に向かう途中だったんだ。 疲弊した連合とザフト。 アスラン達の属する第三勢力の働きかけで平和条約が結ばれ、 戦争は一応の終結をみた。 そして、それを記念した平和式典が開かれる前日、 いろいろと準備もあるからと、4人は一足先に会場に向かった。 周りは一面雪景色で、キラとカガリは初めて見る雪に大喜びしていた。 はしゃぎすぎるとコケるぞと注意しても聞かずに、「アスラン! 早く、早く!」と手を振ってカガリと前を走っていたキラがいきなり倒れて……。 白い雪の中に埋もれたキラを抱き起こした時にはもう意識もなくて、それっきり……。 訓練もなくいきなり戦場に放り出されて、 休む間もなかったキラの体はもう限界を超えていたんだ。 その後、死者が迷ってしまうからと周りがとめる声も聞かずに、 アスラン達は火葬されたキラの骨を砕いていろいろな場所に撒いた。 地球の海や砂漠、復興したオーブや宇宙。 アスランの故郷……プラント。 キラが見ることの叶わなかった平和な世界。 ……その至る所に彼を。 そして、最後に残った骨は、アスランが月を訪れた時、思い出の桜の木の下に埋めた。 ぽつり、ぽつりと桜の根元を濡らすアスランの涙。 彼はここに来て初めて、キラが居ない事実に涙を流した。 静かな空間には嗚咽が耐えることなく響いて 桜はただ悲しげに―――――その枝を揺らしていた。 二年前の出来事。 アスランは、人気のない路地裏の壁にもたれかかって、ずるずると座り込んだ。 よりいっそう勢いを増して降り積もる雪。 帰らなければという思いがないわけではない。 でも、帰ったってもう迎えてくれる人がいないから。 空虚な心。 キラを失ったその時から、 アスランの心は冷たく、まるで万年雪のように解けることがない。 このまま、ここに居たら死ねるだろうか。 アスランは死にたいと思っている自分がいることに気付き、自嘲した。 ……死んだってキラに会えるとは限らないのに。 体は既に冷え切って、もう寒さすら感じなかった。 「ねぇ、何……してるの?」 声と共に、さくさくと雪を踏み分ける音が近付いてくる。 「死にたいの?」 大人じゃない。少年の、声だった。 言葉の内容に似合わない穏やかな口調。 「そうかも……しれない」 欲しくて欲しくてたまらなくて……何度も手を伸ばして 振り払われて…… それでも諦められずに追いかけて、やっと手に入れた大切なもの。 本当に欲しかったもの。 ………それが此処には……ないから。 「ふぅん? なら、僕と一緒においでよ、アスラン」 無邪気な子供のような笑顔で、その少年は言った。 「え……? 何で俺の名前……」 名を呼ばれたということは、知り合いなのだろうか。 アスランは顔を上げた。 「あ……」 「知ってるに決まってるでしょ?」 雪の向こうに佇む人影。 見慣れた、でもここ何年も見ていなかった懐かしいシルエット。 「ねぇ、僕の事なんてもう忘れちゃった?」 まさか。 「キラ……なのか?」 「そうだよ、アスラン」 信じられない。 「……本当に、キラなのか?」 「そうだって言ってるじゃん。大体、他に誰に見えるって言うの?」 呆れ顔で、キラが笑った。 「……なんで」 アスランは困惑したように右手で髪をかき上げた。 キラがこんな所に居るはずはない。 だって、キラは………。 「何でお前が………」 うろたえるアスランにキラは少し笑ったようだった。 整いすぎた容貌が浮かべる笑みは、酷く綺麗で、アスランは思わず息を呑んだ。 「君が呼ぶから」 悲痛な……今にも死んでしまいそうな声で何度も僕を呼ぶから。 慈しむような表情を浮かべ、キラはアスランを見つめた。 「メリークリスマス。アスラン」 「遅いよ、キラ……」 ずっと待ってたのに。 「ごめんね……」 「構わないさ。遅れてくるお前を待たされるのは、いつもの事なんだから」 そう、それがいつもの日常。 「昔からキラはいい加減で頼りなくて、いつも遅れてくるから 俺が迎えに行かなくちゃならなくて……でも、そんな事は全然苦じゃない。 そんな日常が続くなら俺はっ……!」 俺はそれだけで幸せだから。 「アスラン……」 キラがそっと頬に手を伸ばしてくる。 二年ぶりに触れたキラの手は、とても―――――――――温かかった。
The illusion of snow : 雪の幻影
BGM:幽明 ≫Music from VAGRANCY. 背景画像 ≫Material from Fairy Glow. |