恋愛方程式 
― レンアイホウテイシキ ― 









「アスランあげない。」

白昼堂々、僕が彼の婚約者に向かってそう宣言したのは、ある穏やかな日の事だった。

ほら。案の定、隣のアスランは、あっけにとられたような顔してる。
目の前のラクスだって、驚きに目を見開いて………

「キラ?」
「キラ様?」

異口同音にそう言ってくる。
口を開くタイミングまで同じなんて、ホントに仲がいいよね。

「―――なんてね。」

言ってみただけだよ、と
僕は、両手を目の前でパタパタと振っておどけてみせる。
あんまり仲がいいから、ひやかしたくなっちゃったと言うと、
アスランは呆れたように
「き〜ら〜! 人をからかうな。」
と言って僕の首を絞めた。
「いいじゃん。だってホントの事…… うわ! ギブ、ギブ!! 死んじゃうってば!」
締め付ける腕にさらにアスランが力を込めようとしたのを見て、
僕は慌てて白旗をあげた。

「口は災いの元、ってね。」
ニッコリと笑うアスラン。
「〜っ!! 殺す気!?」
やっと解放された僕はもう力も入らなくて、ただアスランにしがみついていた。
「まさか。俺がそんなことするわけないだろう?」
―――――うそだ。
そんな爽やかな笑顔で言ったって僕は信じないからね。
すると、まだ怪訝な眼差しで見ていた僕の頭をぽんぽんと撫でて、アスランはさらにわけが分からないことを言った。
「大丈夫。死なないから、キラは。」
どういう理屈なんだよ。
何となくふてくされていると、すぐ前から、くすくすと笑い声がした。

「……ラクス。笑い事じゃないってば。僕、ホントにアスランに殺されるかも。」
「それはありませんわ。だって、アスランは昔からキラが大好きですもの。」
のほほんと爆弾投下。
……だめだよ、ラクス。
アスランは君の事が好きなんだからそんなこと言ったら可哀そうだよ。
「ラクスッ! 早く行かないと遅れますよ、パーティー!」
「あらあら。アスランったら、照れることありませんのに。」
「ホントに遅れるんですよ。早くしてください!」
「そうですか。では参りましょうか。」
仕方のないことだと思ってはいても、僕を置いて交わされる会話はどこか寂しい。

「キラ様」

僕が俯いたときだった。ラクスの声が降ってきて……。
僕は、はっとなって顔を上げた。

「キラ様は……本当に行かなくてよろしいんですの?」

ラクスは心配そうに言ってきてくれるけど、僕は笑顔で首を振った。
どちらかというと、僕はパーティーには行きたくないし。

「うん……。ちょっと仕上げてしまいたいプログラムがあるから」

違う。本当の理由はそれじゃないけど。
ここでラクスに本当の事を言っても、どうにもならないから言わない。

僕がパーティーに行きたくない本当の理由……それは、目の前で談笑するこの二人。
誰が正月まで二人の仲睦まじい姿を見たいものか。
アスランとラクスの仲が良いのは別にいい。
誰と仲良くしようと、そんなのはアスランの勝手だ。
でも、僕がそれを見たくないというのは僕の自由だから。
コーディネイターの希望と謳われた二人が寄り添う姿を、わざわざ進んで見に行きたいわけがない。
しかも、今回の新年パーティーの目的がまさにそこにあるというならなおさら。

当然、僕にも招待状は来た。
カガリにも、ディアッカにも、ミリィ達にも来たんだろう。
共闘したかつての仲間達が一堂に会する時でもあるこのパーティー。
それを思うと、行かないのは少し勿体無いような気がするけど……。
こんな堅苦しいパーティーじゃなくても会う機会としてカガリがバッチリ仲間内だけでの新年会を企画してるから。
英雄として、乞われるままに振舞う、ただのオママゴトなんて御免だ。
アスランも多分それを分かっていたんだろう。
僕に参加を強要したりはしなかった。

コーディネイターの先行きが不安定な今、政府は明確な象徴となるような存在が欲しいのだろう。
僕やアスランをはじめ、ラクスやディアッカ、イザークはあちこちを引きずり回されてる。
その中でも特にアスランとラクスは一番酷くて……。
周りから掛けられる期待も凄く大きいみたいだ。

多分このまま行けば、二人はいずれ結婚するんだろうな。
まぁ、今の二人を見ている限り、それはそれで別に構わないんだろうけど。
だって、二人の間に定められた婚約者同士っていう重苦しい空気はないから。
互いに好意を持っていることは一目見れば分かる。

「じゃあ、キラ。留守番頼むな。」
なるべく早く帰るよとアスランが髪を撫でるのに僕は強硬に抵抗した。
「子供扱いするな! さっさと行け!!」
「酷いな……。」
アスランがちょっと悲しそうな表情をしてたけど、この際、それは無視だ。
「ラクス、いってらっしゃい!」
「えぇ、行って参りますわ。」
御機嫌よう、と玄関を出るラクス。
アスランは一度だけ振り返って僕を見た。

「行って来るから。」




ドアが閉まる寸前に唇に触れた温かい感触。





それは。




「え……?」




―――――嵐の始まり。






FINISH?