思い出は花。ひらひら舞い散る。 たとえば、それは桜。
閉じていた瞳に、陽光が眩しく映りこんだ。 降り注ぐ光に目を開けると、すぐ前には自分を覗き込む人影。 少年と呼ぶには遅くて、青年と呼ぶにはまだ早い、そんな人。 見なかったことにして再び目を閉じようとすると、襟元を掴まれて激しくゆすられた。 「っ! 降参。降参っ! 死んじゃうって!!」 「……呼びに来た相手を無視して寝直そうなんて、いい根性してるじゃないか。」 想像していたよりも低い、でも心地よく響く声がした。 「だって、眠いんだから仕方がないだろう?」 衣服の乱れを直して、ふと気付く。 「――…君、だれ?」 予想外の言葉だったのだろう。彼は驚いたような顔でこちらを見た後、大きく溜め息をついた。 「クラスメイトすら覚えてないのか……?」 何となくムカつく態度。……コイツとはきっとそりが合わないと思った瞬間であった。 ◆ ◆ ◆ 「それよりもよくここが分かったね。クラス委員殿?」 「あぁ?」 彼はどうやら同じクラスのクラス委員であるらしく、授業になっても一向に現れない僕を探しに来たのだとか。 しかし、彼がどうやってここへ来たのかまでは分からない。 ここは僕以外の人が来れるはずなどない場所だったから。 「ここ。……僕の秘密の場所。」 学校の裏庭から続く林の奥。ちょっとした冒険気分で自然に出来た蔦のアーチをくぐって、 いくつにも分かれた道のひとつを進むと小さな広場に出る。……それがここ。 道といっても、舗装された道などもちろんない。 道か、そうでないかすら疑わしい場所をひたすら歩いていくのだ。 「…秘密? 別に、俺は最初から知ってただけだ。」 さらりと言われた言葉に、僕の機嫌は急降下。 口調は一気に不機嫌なものへと変わる。 「君って、性格悪い。……嫌い。」 そんな僕に、彼はただ苦笑していた。 翌日。彼は再びこの場所に姿を現した。 「また来たの?」 「来ちゃいけないって言うのか?」 返事を待たずに、彼の手が差し出される。 「…この手は、なに?」 怪訝な視線を向けても、彼は気にした様子もなく満面の笑みで答えた。 「君と、オトモダチになろうと思ってね。」 「オトモダチ、だって……?」 「そう。」 「冗談キツイね。」 「…まさか。冗談なものか。」 「……本気? なら、ハッキリ言っておいた方がよさそうだ。―――そんなものは、必要ない。」 すっと立ち上がり、彼に背中を向けて歩き出す。 大抵の者なら、これで拒絶の意を汲み取って離れていくだろう。 ……けれど、彼はその大半には入らなかったらしい。呼び止める声がした。 「話がしたい。」 振り返らずに立ち止まる。 「俺とお前は似てる。……いい理解者になれると思った。」 心なしか彼の声は震えていた。 「勝手にすれば……?」 「え……?」 「―――勝手にすればって言ったの!」 本当は呼び止めてくれて嬉しかったとは言えず、ただぶっきらぼうに返事を返した。 それ以来、彼が来ない日などなかった。 意味のあること、まるでないこと。 嬉しいこと、悲しいこと。 ……本当にいろいろなことを話した。 少し前に出会ったところだというのに、ずっと一緒にいたかのような心地よさ。 一日の大半をそこで過ごし、そして家へ帰る。 そんなただ繰り返しの毎日すら楽しくて、気が付けば僕は彼に惹かれていた。 けれど時々不安になるのだ。だから、彼にこんな問いを吹っ掛けてみる。 「よく飽きないよね。僕なんかの側にいて、楽しい?」 そう言うと彼は必ず怒ったような顔をした。 「俺が、つまらないヤツの側にずっと留まるような―――妙な性格をしているとでも?」 顔が緩むのを止められない。 彼の言葉は他の誰よりもよく心に響いた。 ◆ ◆ ◆ 草を踏み分ける音がした。 「……また、サボったの。」 目は開けずに、音がした方に声だけを向ける。 確認しなくてもここに来る人間など一人しかいない。 「人聞きの悪いこと言うな。大体それはお前だ、サボり魔。」 「……君にだけは言われたくない。」 腕を引っ張られて、しぶしぶ体を起こした。 …太陽の光が目に痛い。それだけで、僕の機嫌は急降下。 しかし、そんな事に構いもしないで彼は言葉を続ける。 「俺は毎日サボりに来てるわけじゃない。ロクに授業にも出ずにこんな所で寝たおしている、お・ま・えを呼びに来ているんだ!」 「なに威張ってんの? 毎回呼びに来たついでに一緒に寝てたら、君だって結局サボりじゃん。」 大げさに溜め息をついてから拗ねたように言い返すと、彼の肩がぴくりと震えた。 逆光で表情は見えない。けれど、確実に怒っている。 「―――誰のせいだっ!!」 「………僕?」 これ以上彼の機嫌を損ねてもロクな事にならないと知っているので、不本意ながらもとりあえず自分の非を認めておく。 「当たり前だ! とにかく、行くぞ?」 「仕方ない。」 彼には聞こえないよう、小さく呟いて、立ち上がった。 差し出された手を取って学校へと戻る。 僕はこんな時間が、何よりも好きだった。 誰の目にも触れることのなかったその林の奥。 いつからか僕は、その場所で彼を待つようになった。 「遅い。」 不機嫌な声でそれだけ言うと、彼は小さく肩をすくめて謝罪の言葉を口にした。 柔らかな光の下で見上げた桜は、今は緑の葉に覆われている。 「帰ろうか。」 そう言っても彼は一向に立ち上がろうとはしない。 「待って……もう少しだけ。」 隣に座る彼の長い睫毛が小さく震え、そっと瞳を覆うように閉じられた。 僕は、その意味に気付くことができなかった。 そして、その日を境に彼は姿を消した。 あまりにも突然のことだった。 毎日ここを訪れていた彼が来ない。 何日も、何日も待ち続けた。 けれど、とうとう彼がそこに現れることはなかった。 降り注ぐ光の中、 僕はただ、桜を見つめ続けていた―――……。 ―――アイツ、引越したんだ。 そう聞いたのはついさっきのこと。 「……そんなこと、僕は知らない。」 「だって、何も聞いてないもの。」 記憶の中、相変わらず彼は笑っていた。 微笑む彼に、花弁が惜しみなく降り注ぐ。 「やっぱり君は綺麗。好き。」 伸ばした手が、空を切る。 思い出は花。……君は桜。 咲いた後は必ず散ってしまう。 「 」 ふと呼ばれたような気がして振り返るけれど、彼はそこにはいない。 ひらひら舞い散る花弁、太陽の光、風、芳しい花の香、君の手、掛けられた言葉。 よみがえる懐かしい記憶は、痛いほどに今の別離を自覚させた。 何気ない言葉の応酬。 相手がいないのだから、それがないのは当たり前。 ……最初から相手が存在しなければ、それは寂しくもなんともない。 しかし、常に側にあったものがなくなってしまったというと、……またそれは別の話だ。 ―――ひとつ、涙が頬を伝った。 知らなければ、欲しいとは思わない。 ただ、知ってしまった―――出会ってしまったからこそ、求めずにはいられない。 記憶を手繰り寄せると、心はすぐにでもその瞬間に戻る。焦がれたそれに。 柔らかに揺れる枝が花弁を散らす。 その下で、彼がいつものように優しく微笑んで、自分へむけて手を差し出す。 そうならば……いいのに。 「 」 たった一度だけ、唇に乗せた彼の名前は音にならなかった。 どれだけ時が過ぎようとも、先の季節はあった。 何も言わずに去った彼の真意もわからぬまま、僕はただ待ち続けている。 今日来なければ、また明日。 そして、明日来なければ明後日というように、希望を重ねた。 ―――季節は巡り、やがて少年は青年へと姿を変えた。 見上げた桜は、あの頃と寸分違わぬ姿で佇んでいる。 傍らに彼はいなかった。 それは今も―――変わらない。 だからこそ、悲しくてあの頃に帰りたいと桜を見る。 昔から変わらなさ過ぎるこの場所は、切り離された空間であるかのように時の経過を感じさせない。 あの道の向こうから、今にも君が現れそうな気がして………。 けれど、だめ…だった―――……。 「もう、終わりにしよう。」 思い出は花。 大切なものほど、綺麗で儚い花となる。 「僕も、ここを去ることになった。」 桜の季節はもう終わり。 閉塞した世界だった。 お互いだけが全ての、君と僕とで完結してしまう世界。 泣いたり、笑ったり、怒ったり。 いつだって、そこにあるのは優しい笑顔、失いたくない心地よい時間。 囚われていた。 ―――桜が最後の花を散らす。 先に飛び出したのは、君。 そして僕らは、別々の扉を開けた。 「次に会うとき、僕は君に誇れるような人間でありたい。共に並び立てるように。」 踵を返して、その場所を後にする。 見る者のいなくなった桜は、それでも咲き誇り、白い花弁を散らしていた―――……。 |
6月上旬、部誌の原稿用に書いたものなのです。 ……微妙に本編と言葉がかぶっているので、 本編を見た瞬間に永遠にお蔵入りさせようかと思った代物。。 しかし、結局更新してしまうあたりが何ともいえませんが(苦笑。 テーマは「進化」。 キラが黒っぽいですが、実は設定としてはアスランだって負けてません(笑。 ちなみにこちらはキラVerですが、アスVerって読みたいですか? 希望がありましたら、書きたいとは思っているのですが……。 よろしければご意見聞かせてください。 お答えいただいた方には、(書く事になった場合だけですが)お礼として 先行公開させていただきます★ 「*」は必須項目です。記入なしでは送信できません。 「一言」はあればで構いません。感想等ありましたらどうぞ★ |