「誕生日って、何のためにあるんだろうね?」 「はぁ?」 唐突なキラの言葉。 カガリはわけがわからないといった様子で彼を見上げた。 「祝ってくれる人がいないのに、一体何がめでたいんだか。」 別に答えを求めていたわけではないらしい。 自嘲気味に言う彼は、出会った頃はこんな風ではなかったのに。
想いの欠片
あれから三年。 ―――相変わらず世界は荒れていて、戦争もまだ終わる気配がなかった。 「毎年、この日が来るたびに思うんだ。」 キラは、すうっと目を細めて、空を仰いだ。 「何を?」 「僕なんかが生まれて来てよかったのかな、って。」 「キラッ!」 諌めようとするカガリを片手で制して、キラは続けた。 「僕は、たくさんの命をこの手で奪ってきた。これからだって、戦争が続く限り、変わらずにそうするんだろう。奪うために生きているんだ。僕は、生まれてきちゃいけなかったんだ。」 「―――そんなこと、あるもんか。」 押し殺したような声が響いて、座り込んだキラの上に、冷たい雫を降らせた。 「私はっ! お前と会えて嬉しい! ……お前が生まれて来てくれてよかったと思う。」 「だからっ!」 何が言いたいのだろう、自分は。 判らない。 けれど、何かが言いたかった。 そしてその“何か”は、漠然とではあるけれど、ちゃんと彼に伝わったらしかった。 「泣かないで?」 戸惑いがちに伸ばされたキラの手が瞳に届く前に強く握る。 「泣いてなんかない!」 「泣いてるよ。でも、ありがとう。」 「いちいち、礼を言うようなことじゃないさ。」 困ったように微笑むキラに、カガリはふてくされたような表情を返した。 「昔は、もっと素直に喜べたんだよ?」 「昔?」 「そう。」 けれど、今は――― 「いないんだ。」 「?」 「いっつも怒ってばっかりだけど、優しくて、綺麗で、―――カガリはどう思う?」 「キラ、ちゃんと要点をまとめてから話せ。……質問の意図が分からない。」 「ごめん。」 メチャクチャなことを口にしている自覚はあったのか、キラは小さく肩を竦めて謝罪を口にする。 「いや。それより、祝ってほしい人がいたのか?」 「まあね。」 「なんで、祝ってくれないんだ?」 「敵、だから。」 さらりと言ってのけたキラの言葉に、カガリは瞠目する。 「お前……。」 「可笑しいと思う?」 「別に、そういうわけじゃないけど。そいつ………」 「………?」 「強いのか?」 予想外の言葉に呆けたのは一瞬のことで、くすっ、とキラが笑う。 「何だよっ! 笑うところか?」 「ううん。そうじゃなくて、カガリらしいなって思っただけだよ。」 「悪かったな、単純で!」 「違うよ。羨ましいんだ。そういうトコ、すごくいいと思う。」 「真顔で言うな、照れる。……それより、質問の回答は?」 「あぁ。―――強いよ。凄く。」 「もしも味方だったなら、背中を預けて戦えた。」 「……お前にそれだけ言われるなんて、相当だな。」 隙のない動き、繰り出される華麗な斬撃。 それらは怖ろしいとかそんなものを通り越して、いっそ美しかった。 敵軍の者ですら感嘆するような、操作技術。 「―――今はもう、敵だけど。それでも。忘られない。諦めきれない。必要なんだ。」 溢れそうになる涙を、どうにか、堪えた。 「いいんじゃないか?」 カガリは、すっと立ち上がって、眩しいくらいに笑った。 「お前、わがままなんて言ったことないんだから、ひとつくらい。」 「そう、かな?」 カガリの言葉は、いつだってキラの予想の範囲外だ。 しかし、それがどれだけ助けになっているか。 「だって、仕方ないじゃないか。諦めきれないなら、足掻くしかない。」 「……そうだね。嫌われたって、僕は彼なしでは生きていけないんだから。」 「そういうこと!」 「そういえば。」 「うん?」 「昔、さ。無人島に落ちたこと、あったろ?」 「あぁ。あの時は、カガリ、無茶苦茶だったよね。……心配した。」 「う……。まあな。悪かったとは思ってるよ。でも、もう過ぎた事だからそこは忘れろ。」 「いいけど。……で?」 「その時、ザフト兵に会ったんだ。」 「そう……。」 「何か、変わったヤツだったよ。殺そうと思えば殺せたのに、敵だった私のこと殺さないし。挙句、食料まで与えて、説教するんだぜ? せっかく助かった命、無駄にするな―――ってさ。」 「それはまたご丁寧に。」 「まったく、おかしなヤツだよな。」 そう言うカガリの表情は、限りなく優しい。 「確かに、変わってるとは思う。」 「でも、いいヤツ。ちょっとお前に似てる。」 「はぁ? どこが?」 「基本的に器用なのに、変なトコで不器用で。でも、優しい。」 「褒めてるんだか貶してるんだかよく分からないけど?」 「両方だろ。ああいうヤツも、いるんだなって思った。和解も、無理じゃないのかもしれない。」 「確か、アスラン―――とかいったっけ。」 「え……?」 キラの瞳が驚愕で見開かれる。 「友達とかにしたら大変そう。」 キラの表情は、空をまっすぐに見ているカガリには見えない。 それを確認してから、 「まったくだよ。」 いつまで経っても変わらない親友に、思わず苦笑が漏れた。 「早く、平和が来るといいな?」 「そうだね。」 「そのために、とりあえずは、寝るか!」 「カガリ……そればっかじゃん?」 「いいんだよ。体力温存ってことで。お前も寝ろよ?」 「まぁ、いっか。たまには、ね。」 「そうそう。」 「―――あ!」 「何だよ? 急用思い出したとか言っても却下だからな。…さっき、寝るっていっただろ?」 「違うよ。」 「なら―――」 何なんだ?という言葉に重ねて言われたキラの言葉。 カガリは満足そうに笑みを浮かべた。 「誕生日おめでとう、カガリ。」 「お前も、な!」 |