それは突然の出来事だった。





プレゼント
--歌姫の贈り物--






ブィンッ!!

夜中、ストライクの機動プログラムを修正していると、突然通信回線にノイズが混じった。
訝しげに目を向けると、それはアークエンジェルからのものではなく、明らかに外から干渉されたものであることがわかった。
―――回線を、乗っ取られた?

「……誰、だ?」
その間にも、さらに大きくなる雑音。
―――僕のプログラムを破れるヤツなんて、そうはいないはず。
うぬぼれているつもりはないけど、プログラミングならそれなりの自信はあった。

好奇心も手伝って、キラは自分から回線を開いた。
通信を取ったのは、ただの気紛れ。

「繋がりましたわ!!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。少し遅れて映像も映し出される。
「キラさまっ!」
「き、君は……ラクス!?」
意外な人物に驚きはしたが、以前アークエンジェルの電子ロックを解いて、平気で艦内をうろついていた彼女ならやりかねないような気もした。
「ええ。…なかなか繋がらないので、、もうダメかと思いましたわ。」
思わず身を乗り出してくるラクスに苦笑しながら、キラは問いかけた。
「こんな時間にどうしたんですか? それに、地球軍のモビルスーツの通信回線を抉じ開けるなんて、どれだけ大変なことか―――」
キラの言葉を遮って、画面越しにラクスは綺麗に包装された包みを差し出した。

「バレンタインからは少し遅れてしまいましたけれど。私のチョコレートを受け取って頂きたかったんですの。」
「え? 僕に……?」
思いもしなかった言葉に、キラは驚いた。
「そうですわ。キラ様に。」
一度うつむいたら、涙がこぼれそうになったので慌てて上を向く。
少し照れながらラクスにお礼を言った。

「…ありがとう、ラクス。今は受け取れないけど、あなたの気持ちはすごく嬉しい。」
「中身、、見てくださいます?」
「ええ。もちろん。」
キラの返事を確認すると、ラクスは包みを丁寧に取り除いていった。

「…難しくて、何度も失敗したのですけれど。。一生懸命作ったんですの。」
そう言って、再び差し出されたのは、丸い、ハロの形をしたチョコレート。
思わずキラは、破顔した。
「相変わらずなんですね。あなたは。」
「ふふ。…私、この子が大好きですの。いつも連れているのは、最初にもらったピンクちゃんですけれど。他の子も、キラ様にお見せしたくて、みんな連れてきてしまいましたわ。」
いたずらっ子のような表情。

画面のむこう、ラクスの周りにたくさんのハロが飛び交っているのを見ると、自然と笑みがこぼれた。

「キラ様。」
「ん? なんですか?」
「実は、もうひとつキラ様にプレゼントがありますの。」
「え……?」
そう言うとラクスは、画面横に先ほどから居たと思われる人物の腕を勢いよく引いた。

「うわっ!―――ちょっと待ってください! ラクス!! あなた、自分が話したいから繋げとおっしゃったのに、こんなの聞いてないですよ!!」
聞き慣れた少し低めの声が響いて、現れたのは……。

「…ア…スラン……?」
少しバツが悪そうにこちらを見てから、アスランは小さく頷いた。
「ひさしぶり、キラ。」
「アスラン……。本当にそこに?」
嬉しいというよりは、信じられないといった感情の方が勝っていた。
「あぁ。」
応えてから、アスランは困ったようにラクスを見た。
「観念してくださいね、アスラン。」
笑顔でとどめをさすと、ラクスはキラに向き直った。

「キラ様へのプレゼント。喜んでいただけました?」
「プレ…ゼント?」
「そうですわ。いろいろ考えたのですけれど、これが一番いいと思いましたから。」
「え? でも……。」
「気にすることはありませんわ。ゆっくりアスランとお話してくださいね。」
「ラクス……お気持ちは嬉しいですが、これはダメです。双方のためにならない。」
先ほどから無言だったアスランが口を開いた。
本当は話したい。けれど、それを許さない現実がある。
「あら? どうしてですの?」
「どうしてって! キラとはっ………!」

アスランは途中で言葉を止めた。
なぜなら、画面の向こうのキラの悲しげな表情が目に入ったからだ。
「―――親友同士、でしょう?」
「………ッ!」
その言葉に反応したのは、意外にもアスランではなく、キラの方だった。
誰も認めてはくれなかった―――自らも否定しようとしたその関係を、ラクスは認めてくれる。
どうしようもなく、涙があふれた。

「キラ様っ?!」
「キラッ!」
心配そうな二人の声に慌てて返事を返す。
「ごめん……。大丈夫だから。」
二人を心配させまいと、笑顔を作るけれど、次々にあふれてくる涙を止めることはキラには出来なかった。

通信機越しのキラに向かって、アスランはそっと手を伸ばす。
触れないと分かっているからなのか、スクリーンからは少し浮かせるようにして。
小さく小さく、呼びかけながら。
「キラ……。泣くな。」
触られているわけでもないのに、キラは身じろぎした。
不思議な感じ。
そうして、閉じたままだった唇を開いた。
「僕は……君を敵だなんて思ったことは、ない。」
「知ってるよ。」
「……戦いたくなんて、ないんだ。」
「それも、知ってる。」
アスランは声も立てず、ただ睫毛を伏せ、眉を顰めた。
涙を流したわけでもない。嗚咽を漏らしたわけでもない。
けれど、彼は泣いている。
流されない涙もあるのだと、キラはそう思った。

二人の様子を見ていたラクスも、悲しそうに顔を歪めている。
「本当に、早くお二人が戦わなくて済むようになればいいのに。」
「ラクス………。」
「キラも、アスランも、優しい方ですもの。」
優しい二人が、心を痛めることのないように。
早く平和が訪れればいい。

「私はこれで失礼しますわ。」
「えっ?」
「ラクス?!」
突然の言葉に驚く二人。
「…お二人で、お話したいこともおありでしょう? それではキラ様、また。」
「あ、ありがとう! ラクス!!」
慌てて礼を言うキラに、ラクスは微笑むことで応えた。
「アスランも、ごゆっくり。」
「はい。」
小さく肩を竦め、アスランはラクスが去ってゆくのを見送った。
「まったく、彼女には敵わないな。」
「そうだね。」
二人で困ったような笑みを交わす。

「泣き虫なトコは、変わってないんだな。」
「むっ! そんなことないよ。」
「強情なのも、昔のままか。」
「そういうアスランこそ、意地悪なトコ、全っ然直ってないじゃないか!」
頬を膨らませて、ぷいと横を向いてしまったキラ。

―――まずい。これは、本気で怒らせてしまったかな?
そんなことを思い、アスランが謝罪の言葉を口にする。
「ゴメン。キラ。ちょっと言い過ぎ……」
が、もう遅い。
「切るから。」
「え……?」
間髪入れずに返された言葉に冷や汗をかいた。
「通信切るから。」
ひしひしと伝わってくるキラの怒り。
「キラッ?! 待て早まるな俺が悪かった!」
―――怒ったキラには逆らうな。
幼少の記憶。アスランの脳裏をそんな言葉がよぎる。
「………。」
「………。」
張りつめる空気。

しばらく。

キラは突然笑い出した。
突然のキラの変貌に意表をつかれたアスランは、キラを伺い見た。
すると先ほどまでの怒りは消え失せ、涙まで流して笑っている。
「あはははっ! アスラン、焦りすぎ! 僕がせっかくラクスの用意してくれたプレゼントを無碍にするはずないのにね。」

やられた。
キラの仕返し。
見事に引っ掛かったアスランはジトッとキラを睨みつける。
「キラ〜〜〜!!」
「うわ。やだな、アスラン。そんなに怒んないでってば!」
「まったく、お前は……。」
呆れたような声でそう言いながらも、アスランは笑っていた。
もう戻らないと思った時が、確かにここにある。

またすぐ敵同士に戻ってしまうとしても、二人がそれを口に出す事はなかった。

しばらく、他愛もない話をして、通信を切った。
再会の約束などしなくても、必然的に戦場で会うだろう。

気が付くと、もう朝はすぐそこまできていた。







Back