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玉井禮一郎
1998年6月19日発行 税込価格 \1,260
A5判 並製 192頁 ISBN4-88636-076-9 C0015
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まえがき
20世紀は「科学の世紀」であり、21世紀は「宗教の世紀」であるといわれます。
そのことを裏書きするかのように世紀末を目前にして、次つぎに発見される生命や宇宙の構造は、これまで神秘とされてきた宗教のヴェールを惜しげもなく剥ぎとるようになりました。
そして、それらの発見や新技術の開発は相乗効果を生み、とどまることを知らず、洪水のように来世紀へ向けて奔しっていくかのようです。
非科学的といわれ続けた「聖書」も、新解釈がほどこされることによって、超科学的なものであることが立証されつつあるだけでなく、次世紀の科学をリードする知見に満ちていることも明らかにされてきました。
また、日本の超古代文明が遺した文献などの解読の成果は、超古代文明が共通の知的基盤の上に成立したものであることを突き止めつつあり、一見バラバラな進歩のプロセスを歩んだかにみえる地上の文明が、「神」あるいは「神々」の深遠な計画のもとに、あらかじめ設定されたものであるということも分かってきました。
われわれは、ソクラテスの警句を引用するまでもなく、自分自身がなにものであるかをよく知りませんし、この生命を成りたたせている宇宙という環境がどういうものであるかということもよく分かっておりません。
そのいわば「宇宙の真理」というべきものを科学はひたすらに追及してきたわけですが、従来の科学の方法では突き破れない壁が、宗教の神秘の壁といえるでしょう。
そして、この壁が破れたとき、科学と宗教はまったく一致し、科学は宗教そのものとなり、宗教は科学そのものとなり、一つの真理の体系のもとに、人類は新しい文明の上昇段階へ突入するのではないでしょうか。
この本は、そうした願いをこめてつくられました。
前半は、仏典「法華経」にも記述されている「地底世界と地底人」の実地踏査の簡潔な報告。
後半は、「法華経」というかたちに残されていながらも、いままで解釈困難だとされていた記述を、今回の調査から得た確証と、私がこの四十年間仏典を研究してきた成果をもとにして解釈した論述です。あわせて、西洋文明の再重要文献である「聖書」に残された記述も検討しました。
これらの報告や論述は、いまだ氷山の一角に過ぎないかも知れませんが、最近とみに活発な古代文献の解読をベースにした、従来の歴史観を一変するような壮大なニューパラダイム構築へ向けての、仏教側からの接近の第一歩になりうると自負しています。
たまたま今月発売の月刊『ムー(五月号)』に、「釈迦の大予言」という特集記事が掲載されています。
これは従来の仏教予言の解釈をかなり深めたものではありますが、仏教予言に関して数冊の著書をもつ私の目から見れば、ものたりない感じを否めません。
仏教予言を正確に評価するためには、釈迦入滅の年代を設定しなければならず、南伝仏教と北伝仏教とのあいだには仏滅年代に約五百年の誤差があるという大問題を解決しなければなりません。正確な仏滅年代は、南伝仏教に伝えられており、現在は仏滅後約二五〇〇年説を採っているために仏教予言は的中していないということになってしまっているのです。
日本仏教界は、そのことに気づきながら、なぜ訂正しようとしないのかといえば、法然、道元、親鶯、日蓮など鎌倉仏教の祖師たちは、すべて五〇〇年も水増しされた北伝の仏滅年代に仏教予言をあてはめて立教したために、いまさら五〇〇年もサバを読んでいたとは言い出せない状況になっているからです。
そのことに気づいてはじめて問題提起をしたのは『最終戦争論』で有名な石原莞爾で、彼が到達した結論は、南北両伝の仏滅年代はいずれも正しく、仏教が流布した国々の歴史にあてはめてみれば、少しづつズレこみながらも的中している。という「二重構造論」でした。
しかし、彼が信奉する日蓮は明らかに北伝説を採っているために、彼は悩みぬき、ついに「仏は神通力をもって仏滅年代を二重構造にした」というあいまいな結論を残して世を去りました。
私、玉井禮一郎は石原の結論を手がかりにして、日蓮の書きあらわしたマンダラ本尊の讃文(賛)を読み解いた結果、日蓮はその十六行七十五文字の文章を三通りに読めるような文脈で書いていることを発見、日蓮は真実の仏滅年代を知っていたという確信を得ました。そのことは私の数冊の著書に明らかにしてありますので、ここでは省きます。
ともかくこうして五〇〇年の誤差を修正した仏教予言や、日蓮の預言によれば、今世紀末から来世紀初頭にかけて、地球には地軸も揺らぐような大異変が起こり、悪しき衆生は一掃されて、少数の選ばれた人が一時的に他の惑星に避難させられ、異変がおさまったのちにふたたび地球に舞い戻り、それまでの文明とは格段に進歩した新しい文明を建設する……。その大破局のまえにすべての人類が悔いあらためれば、これまで地下世界に住んでいた地球内知的生命体と外宇宙から飛来する地球外生命体の指導のもとに危機を回避する選択肢もある、というおどろくべき予言ないし預言と読みとることができるのです。
その予(預)言は構造的に「聖書」やその他の超古代文献の記述とおそろしいほど一致しております。
聖書が人類の集合的無意識のなかに蓄えられた共通の記憶や予感を記録したものであるとするならば、仏典もそうであるはずで、むしろ仏典のほうが聖書よりも古い時代の人類の記憶と予感の集合なのかもしれません。
仏教は、インドの釈迦が創り出したものではなく、釈迦自身も過去に無数の仏が存在したと述べているくらいですから、かぎりなく古い宗教なのです。
それにくらべれば、「天地創造」をこの世の始まりとするキリスト教は、無始つまり始まりの無い仏教の時間論に対して幼いともいえます。
しかし、今回の実地調査でコンタクトをとれた「地底世界」の存在を考慮しますと、仏典と聖書という一見かけ離れた教えがひとつのルーツをもっていたと考えられるのです。
「法華経」の予言のハイライトは、巨大な宇宙船の地球来訪(宝塔品)とおびただしい数の地底人(從地涌出品)の出現の二つですが、それが今世紀末から来世紀初頭にかけて、われわれの肉眼で見えるかたちで実現するということで、聖書などの諸予言も一致しております。
キリスト教は、世界人口の約三分の一ですが、広い意味の、あるいは潜在的な仏教徒ともみなしうるインド人や中国人と日本人と東南アジア人などを合わせると世界人口の約半分です。これら地球人類の大多数が「神」や「仏」の預(予)言をすなおに信じれば、地球的規模の大災厄を回避して、遺伝子操作などの技術によってわれわれは「永遠の生命」を獲得できるようです。
そのことが、聖書にも法華経にも明らかに記述されているということを、われわれがすなおに信じることが、世紀末の大破局を乗り切る秘法だと思います。
いま、世界ではさまざまな宗教や思想が、いかにも「われこそは真理なり、福音なり」とのよそおいをこらして、人びとの心をひきつけております。
しかし、それらのほとんどは悪魔や、魔のなせるわざで、その正体をはっきりと見破らなければ、活路はひらけてこないと聖書も法華経も説いています。
地球内外の知的生命体は、これまで一種の「自由放任主義」で地球人類の成長と進化を見まもってきました。
ところが、スーツースに入る核爆弾や生物兵器が拡散して、地球やそれをふくむ宇宙の生態系そのものを混乱させかねない状況を目前にしては、彼らも手を供ねいているわけにはいかないでしょう。
そして彼らが、地球人のまえにそのすがたを公然とあらわした時、それまでのあらゆる権威や権力は、失墜し、太陽の光を浴びた朝露のように雲散霧消してしまうでしょう。
そうなっては困ると考えている人たち。薄っぺらな紙幣や銅臭を放つコインで人間を支配したり、虚仮おどしの軍事力で恫喝できると思いこんでいる人たちにとっては、UFOや地底人の出現は死活問題と考えているため、いまさかんにまことしやかな逆情報をたれ流しています。
心ある人びと、進化の段階を上昇させ、永遠のいのちを獲得したいと心から願う人びとは、どうか、この本をきっかけに、これから次つぎに発行される予定の、われわれの「真情報」をフォローして、力を合わせられることを期待しております。
まえがき
まえがき
第一部 世界宗教のルーツは地底王国に……
地底世界とのコンタクト
『巫女とともに生きたわが生涯』
「七」(セッチ)の数霊の因縁の持ち主
「アクエリアス」の時代をひらく秘宝
「三種の神器」は「箆喬の玉」か
「日月天」は「仏法西還」の瑞相か
『インディ・ジョーンズ』のモデル、フォーセット大佐
巨大な洞窟の入り口
インプラントされていたコンタクティ
ヒトラーが求めた「ブリル・ロッド」
世紀の分水嶺的著作
この導きの意味するものは
第二部 法華経に登場する地底人と宇宙船……
地涌の菩薩とは何者ぞ?
永遠の太古から仏はこの現実世界に常に存在する。
万教同根論としての法華経
「是の好き良薬」とは何か?
仏は仏智をもちいて仏滅年代を二重構造にした
宇宙人の地球訪問記としての法華経
法華経は阿弥陀仏を否定していない
第三部 『地球外生命体』の存在を示す聖書
『地球外生命体』の著者プロフィール
聖書における文献的証拠
謎を解く鍵「金星」
あとがき
跋 Z地点へ 玉井京子
ポロポロ涙が流れて 小島加奈子
希望の出現 小松和史
あとがき
玉井禮一郎
私がなぜ「選ばれる」ようにして、地球でもっとも古いといわれるブラジル・シャンバラに招かれたのか?
なぜ、シャンバラの大師のコンタクティとの会見において「ニチレン」の正系(正統血脈)であることが、選ばれるための条件とされたのか、いまだに腑に落ちないものがあった。
しかし、一九九八年五月十二日、私はこの疑問を解くために都内某所に赴いて、重要な手がかりをえた。
一つは『神の化身」(竜王文庫)という本に出会ったこと。
もう一つは『トランス・ヒマラヤ密教入門』(たま出版)という本のなかに、シャンバラの起源が一八五〇万年まえにさかのぼり、シャンバラ人のための最初の植民地が南アメリカの中央にある「イベス寺院」であったということ。
古代マヤやヒマラヤやゴビ砂漠など、世界各地に現存するシャンバラは、すべて、イベス寺院から派生したものであるということ。
私が訪ねたブラジルの中央部には、そのイベス寺院の跡があるということ。
その最初のシャンバラ人たちは金星から移住してきた人たちであるということ。
そうした神秘的、神智学的な予備知識がほとんどなかった私にとって、この二冊の本は、謎を解く大きな鍵をあたえてくれた。
そういえば、釈迦も空海も日蓮も、明けの明星(金星)によって仏智を授けられたといわれ、みずからもそう誌している。
とくに私が重要な示唆を受けたのは『神の化身』(三浦関造著)で、その第九篇に「神智学と法華経」(――バガヴァド・ギータはその基本を説く――)というくだりである。
それによれば、超古代インドの古典『バガヴァド・ギータ』は、人類進化の永い歴史を説き、シャンバラとハイラーキー(救済機構)と人類の関係を説き、ヨガ、占星術、錬金術など、すべての神秘現象の基本を説いているという。
三浦関造氏は、日本における神智学紹介の先駆者のひとりであるが、
「法華経は、ギータとあいまって神智学を簡潔に説く経典である。その意味で法華経の新しい世界的価値が発見されなくてはならぬ。」(以下、氏の文章を現代的に修正した。)
「法華経は、(占)星学の知識を活用して書かれたもので、小乗、大乗仏教と、ヨガを潭然統一した神智学経典である。(その中では)不死の人間、天(界)人種の存在、ハイラーキー、シャンバラの存在、救世主の出現、人類の進化に関する神意が語られる。(略)その真意が一般大衆に白日のように明かに認知されなくてはならぬ。」と法華教徒にとって嬉しくなることを述べている。
そして、法華経最大の謎である「地涌の菩薩」、すなわち地底人の出現について、次のように述べている。
《天人たちが、「法華経を書写して、この娑婆世界に保存したならば、後世の教化のため、大変な恩恵となるだろう」という。
すると仏の答えはこうである。
「その必要はない。この世界には、数知れぬ菩薩たちと、その弟子等がいて、すでに法華経を護持している。その経に記された真理が、一般大衆に説かれる時が来る。
そして仏陀は、法華経が護持されている地下シャンバラの世界霊王、サナート・クメラと、そこの住民たる秘伝体験家の群を呼び出した。その時、大地が震動して、地下空洞の世界から、先ず無数の秘伝家(菩薩たち)が湧出する。みな金色の光を放って、至上我達成の相をそなえている。一同は、七宝の妙塔の中に座し給う多宝如来と、釈伽牟尼仏を礼拝讃嘆する。」(傍点は玉井)
すると大空に、再び異現象がおこる。空中に浮んだ菩薩たちの中に、四大導師が現われる。漢訳法華経には、上行、無辺行、浄行、安立行の四大導師と書いてあるが、これはサナート.クメラと三人のクメラのことである。(玉井注=ここで登場するサナート・クメラと三人のクメラはインド古語による上行等の四菩薩のことのようだが、この呼称は私には初見である。)
一切菩薩中「上首唱導の師」と法華経に記されるサナート・クメラの存在は、驚天動地的である。地上の生類は一つとして、そのオーラのもとに在らざるはなく、その進化経編のもとに置かれざるはない。
三人のクメラは、サーナ、サナーカ、サナンダナといわれ、サナート・クメラを助けて、人類進化のため、六百五十万年前、金星から天下った超人である。
サナート・クメラと無数の超人たちが現われたという事は、次のような神秘不可思議な事実を語るものである。
一、世界は科学者が考えるよりも、遥かに神秘不可思議なものである。この神秘不可思議なるものに対する讃嘆敬虔の念をもつ者のみが、真の進歩を招来する大知識の持主となる。
二、(そうでない)人類は真の進歩を招来し得ない。彼等は賓の河原の子供のように、石ころを積んでは、またぶち殿すだけ。バベルの塔を立てて、これをぶち段し、混乱の中にぶちこまれたと同じことをするのが、人類である。古来、秘伝王はいつでも、悪勢力に撃退された。人類はそのカルマを有っている。人類的カルマは、どんな科学文明をも、再びぶちこわしていく。「地上は火に焼けただれる時が来れど、地下空洞の世界は、永久に平穏で、アデプトたちは、静かにそこで、永遠の科学研究にいそしんでいる」と
は、仏陀の説かれたことである。
三、人類は、超人(天人のこと)に罪を犯し、真理を冒涜して、結局破壊の悲劇をつくり出す。レムリア(大陸)の滅亡と、アトランチス(大陸)の滅亡は、人類のカルマによって、またくりかえされる。
四、人類の救済、平和世界の繁栄は、人類の統一意志が、サナート・クメラ(上行菩薩)の意志と合して、救世主の智慧と愛が行われるようにならねば、実現不可能である。
五、完全な、大科学、神智としての法華経は、シャンバラに護持してある。日本人や東洋人の持つ法華経は、シャンバラに護持してある法華経の紹介を暗示するもの。
六、法華経は、シャンバラの世界統治を予言する。
七、法華経は、マントラ(南無妙法蓮華経?)を教える。マントラはサナート・クメラ(上行菩薩)の本名である。人間の内部にかくれる、音と光とを発動させて、サナート・クメラ(上行菩薩)の意志に合致する神秘不可思議なマントラを唱えることである。これは、統覚の実修(すなわち真の坐禅)による体験と相まって行われなくてはならぬ。
八、法華経は、慈愛と坐禅を切実に勧告する。》
私(玉井)は、すでに法華経の「地涌品」が地下世界と地底人の存在を暗示し、それが事実であることを知りえたことが、今回のブラジル探検行の最大の収穫であったことは述べたが、私がそう述べただけでは「我田引水」と見られるおそれが大きい。どうしても傍証がほしかった。その証言、しかもシャンバラの主が上行菩薩その人であるという証言が神智学の立場から出ていたことは、私に百万の味方をえた思いを起させた。
そして、上行菩薩の代理人としての、日蓮、その直系としての私がなぜシャンバラの主から召し出されたかということも、腑に落ちるのである。
三浦関造氏の記述からさらに引用させていただく。
《地下空洞の世界があり、その首都がシャンバラであるということは、法董経の研究にとって、空前の音づれである。これにより、聖徳太子、日蓮上人の真価が新たに紹介されることとなる。
先ず、セント・イベズ・ダルヴェードル著、『欧洲に於ける印度の使命』から引用して、シャンバラの地球に於ける位置と機能を偲ぼう。
「秘伝家なるものが、果して世界に存在するだろうか?本書はそれに答えて、人類に大なる慰安をもたらす。この世界にはイニシェートが居るばかりでなく、彼等全体の中心があって、五百五十六世紀の間、地球進化に関する精細な秘伝記録を保存している。この中心は、最大の精神力、智力を有つ指導者たちによって、社会的に組織立てられている」(玉井註=『アガスティアの葉』や『アーカシャ記録』を示唆?)
(著者註=もっと古く、六百五十万年前から、イベスの宮が建設され、後それはハイラーキーとよばれて、今日まで人類の進化を指導している。従って遺物も、もっと古い時代からのが保存されている。)(玉井註=そのイベスの寺院が、ブラジル中央部に存在することはすでに述べた。)
同著者は、地下大空洞の世界は、幾多の迷路をたどって、地殻の表面に通じているといい、また火星、金星にも同様な地下世界があることを述べて、さらにいう。
「地下世界には、巨大な山があり、砦があり、処女林があり、砂漠があり、寺があって、驚くべき面積を占むる幾多の都会があり、そこに隠さるる神秘は、幾百万の住民によって守られる。住民は深遠な知識の持主で、堅固な信仰を有つ」
この記事に裏書きされる一著書が、オッセンドウスキー(フランス大学教授)の『獣類、人類、神々』である。その中にいう。
「地下世界には、一種特別な光がかがやく。(註=科学的に造られた太陽)穀物野菜が出来、住民は無病長寿、悉く悪をはなれ、犯罪なるものは微塵ほどもない。科学は黙々として偉大な発達をとげ、そこを破壊する外部勢力は絶対にあり得ない。地下の人類は最高の知識に到達している」
セント・イベスはまた次のようにいう。
「地下住民一般は、聖都の第一郊外までしか行くことが出来ない。少数者のみ、怖ろしいヤコブの梯子をのぼって、聖都に行き、そこで高等秘伝を受けた上で、中央伽藍に入る。伽藍は魔法的建築の丸屋根で、太陽スペクトルのような色彩の光を絶えず吐き出し、かつ吸いとっている。伽藍の中央権威マキシマム(サナート・クメラ=上行菩薩)が厳かに君臨し給う時には、光と音を発する虹のようにして現われ給う。ここで、字宙的神秘の祈りと、祭典が行われる時には、聖語が朗唱される。すると、地球の表面や空中に不思議な音がひびく。アジアの砂漠を横切る駱駝隊は、日中でも夜間でも、この音をきくと、魅惑されて、人獣ともに悦惚と聞き入る」。
この地下首都が、シャンバラであると、秘伝の持主はいう。
エー・ビー・トゥマスゼゥスキーは、その著、『円地球の教え』にいう。
「地下の領土は、ゴビ砂漠の下ばかりでなく、全世界に拡がって、さまざまな人種が住み、人類に知られない生物が住む」
ロシアには、シヤンバラを偲ばせる幾多の伝説がある。その一つは、「白河」の話である。探検家メルニコフは、その旅行記にいう。
「世界各地には神秘な土地があって、昔ながらの伝説が伝えられている。一つはユーフラテス河畔で、トルコとイランの国境にある。一つはアフリカのセバン国なるエマカンである。一つはシベリヤの東方にかくれたオポン王国に在る。自分たちは、シベリヤに旅して、カタン河畔につき、クリストのような人々を見た。進んで白河につく。深い湖が海のように拡がり、ロポン湖とよばれ、白河が西から注いでいる」
白河の話は、スラブ人のキチズ物語と同じ話で、次のようである。
「義人にしか見えない聖都がある。そこに行くには、不屈不擁の精神、堅固な信仰がなくてはならぬ。父母にも兄弟姉珠にも、親類朋友にも、何人にも、そこに行くことを語ってはならない。そこに行くには、いかなる試練に逢おうとも、死の恐怖に面しようとも、決してひるまぬ約束をしなければならぬ。占術や魔術にだまされて行くのではなく、事実行って、この目で見て来るのである。そこに行くには、先づ夜間ロポン湖畔に一人仔み、地上一切のことを思わず、しずかに息の音も立てず、湖の面を見ていなければならぬ。すると、銀鈴の音がして、鏡に写ったように、湖の中に大都会が見えて来る」
この伝説はまた、スラブ人の「第三ローマ」の伝説につながる。
ロシアには昔から、三つのローマに就ての口碑が伝えられている。第一ローマは羅馬帝国のことで、一頭の鷲をシルシとする。第ニローマは、ビザンチンで、グリーク・カトリック発生地、これは二頭の鷲をシルシとする。第三ローマは地球の臍といわれ、アジアの果(玉井註=日本のことか?)だという。第三ローマが現われると、正義が勝利を得、悪が亡びて世界は楽園になるという。
トゥマスゼウスキーが、そのことにつき更にいう。(同著)
「その時が来たら、人類の智力は、今日非存在とされているシャンバラの真価を、全人類の光として礼拝するであろう。」
「神聖なシャンバラは、必勝の武器で堅められている。予は厳粛にいう。シャンバラは必勝である」と、
チベットの大予言者はいう。
これは地球の最後通牒が文字通り、執行されることを意味する。近代諸国家が総立ちとなっても、到底シャンバラに匹敵することは出来ない。
第一、シャンバラは、地球磁力を揮って、大地震大洪水をおこし、全大陸を海底となすことが出来る。
第二、シャンバラは、宇宙力を揮って、遊星を近づけ、地球をこれと衝突させることが出来る。
第三、シャンバラ地域の武力は、殺人光線の洪水を漲らすことが出来る。
ワシントン、ロンドン、モスクワの政治家は、世界の超人政府の決定を明かに知って、正義の地球国家創造を成就すべきである。今や、かくの如き宇宙力を疑って嗤うべき時でない。
来るべき数年の間に、人類は幾世紀の事業を敢行しなければならぬ。超人の活動と協力する者は、守護され、祝福されるが、地球の正義国理念に反抗する者は、アジアの歌にあるように破壊されてしまう。シャンバラに反抗して起ち上る者は、一切の事業をぶち壊され、浪はその住家を洗い洗すとその歌にある」(アジアの歌はニコラス・ローリック著)
超人たちの指導によって、もり立てられた神智学ではいう。「サナート・クメラ(上行菩薩)は地上の大破壊と大創造力を揮い国家の興廃を司る」と。
ギータと、法華経は、サナート・クメラに人類の運命が託せられていることを暗示し、法華経はシャンバラについて左の如くに叙述する。(これは仏の言として)
われ常にここに在って滅せず
方便力によって滅不滅ありと見ゆ
いづこの衆生も恭敬し信じなば
我彼等の中に現はれて無上の法を説く
汝等これをきかずして只我滅すといふ
人類は悉く苦海に没在せり
故に我身を現はさずして渇仰せしめ
心恋慕する者に、我現はれて法を説く
わが神通力かくの如し
われ常に霊鷲山及びその他に在り
人類が劫末に於て大火に焼かるるとも
わが霊鷲山は安穏にして天人常に充満す
園林、堂閣種々の宝に荘厳され
天人等太鼓をうち伎楽をなし
曼陀羅華を雨ふらして仏及び大衆に散ず
わが浄土は毀れざるも人類世界は焼けつくして
憂怖苦悩に満さる
されど柔和質直なる者は
わが姿見えずとも
われここに在って法を説くと思へり(法華経寿量品より、三浦関造氏引用による)
この言葉は、霊鷲山とシャンバラの存在を、至上界と現実的存在との二意義にまとめて語られている。》
三浦関造氏は、サナート・クメラ(上行菩薩)についてさらに神智学の文献を引いてつぎのように述べている。
《電磁力の科学的研究が、もっと進歩したならば、シャンバラと、世界の霊王サナート・クメラ(上行菩薩)の存在が認識されるであろう。何故かとなれば、この不可思議な存在は超電磁力的存在だからである。崇高なる思想、強い正義意志に立ちあがる時、われ等はシャンバラ超電磁力の感化を受けている。
サナート・クメラ(上行菩薩)の説明は、実に驚天動地的である。十九世紀後半、「シークレット・ドクトリン」の大著によって、神智学の近代的創始者として有名なブラバツキー女史や、女史と共に神智学の恩人として出現した英国のリービーターや、ベザント女史は、サナート・クメラについて左の如く説明する。
「自分達の世界は、遠い古、(六百五十万年前)金星から天下ったほのおの君たちの一人なる霊王によって統治される。霊王の名をサナート・クメラ(上行菩薩)という。その意味は、統治者ということである。(註、その本名は長いマントラで、このマントラは人間を霊化し電磁力化して、偉大な力をよびおこす)彼はただ一人の秘伝授与者で、十六歳の若い永遠の姿を有つ。全地球はそのオーラに包まれる。彼は地球神で、地球全体の進化を支配する。人類の進化のみならず、神々、自然霊の進化、一切生類の進化を促がす。
世界霊王の御心には、人類の知られざる高い水準の全進化経編がある。彼は地球に関する限り、字宙神の神意を体認する。人類の希望、勇気、決意、忍耐力その他の特色は、クメラの反映である。その意識は、全地球に拡がり、その手は周期率的破壊力を握り、太陽系を超え、宇宙力を活用して、更に高い世界形相をつくり出す力がある。彼は個人というより、むしろ全体としての人類進化とつながりを有つ。また至上我を通して人類を感化する。人間のエゴ(魂、自我)は彼と直接接触することが出来ない。(註、至上我の秘伝に向上しなければ、サナート・クメラに直接面接して、その偉大な感化を受けられないとの意)
しかし熱誠な者は、時が来ると、彼に会う機会が来る。彼にお目にかかったならば、地上の罪と悲しみがたとえいかに物凄いものであろうとも、凡ては善に向い、全人類は究寛の目的へと確実に導かれつつあることを知る。
地球が創造されて以来、世界の霊王は、相次いで三度変った。サナート・クメラは第三回目の霊王で、シャンバラに住む。そこはかつて中央アジア海に於ける島であった。サナート・クメラは他のクメラ三名と共に、アデプト(超人)たちの中、最も偉大な存在で、時としては火の霧の子といわれ、人類とは進化過程を異にする。その御姿は人間と同じだが、その身体元素は、人間のそれと異なり、永久に変化しない。食物をとらず、幾百万年経とうとも変化を来さない。
彼と共に在る三名のクメラは、仏陀と同じ精神的水準に在って、サーナ(無辺行菩薩)、サナーカ(浄行菩薩)、サーナンダナ(安立行菩薩)とよばれる。サナート・クメラを助け、また人類が遠い未来に於て、水星を占領する蒔、三位一体の霊王となる」
この驚くべきサナート・クメラが、六百五十万年前、レムリア大陸(註、太平洋の大部分を占めていた大陸)に住む人種を進化せしむべく、金星から天下った時の光景が、ブラバツキーや、リービーターによって左の如く描かれる。
(註、ブラバツキーの『シークレット・ドクトリン』リービーターの『師匠とその道』及び『人類何処より何処へ』参照。但し邦訳なし)
「レムリア大陸の北斗星がまだ健全で、大新月の形をした陸地がマダガスカルを含めて赤道に沿い、延々として拡がっていた時のことである。今のゴビ砂漠全体を占めていた海は、北ヒマラヤの巖山を岸として浪立つていた。その折、地球史上の最大戯曲が演出される準備が出来ていた。これがぼの打の君たちの来訪となる。
月の神と、第三根本人種(レムリア人種)の守護神摩奴は、人類を進化せしめて、知性の芽立ちを早めんがため最善をつくした。この時、獣類が進化して人間王国に移住して来る門戸が堅く閉された。天体の排列に大変化が起り、地球磁力の膨起が、金星からの来訪に、極めて好都合の状態となった。今から六百五十万年前のことである。この大事変こそ、人類史上の一大エポック・メーキングであった。
その時、測り知るべからざる高所から、殷々轟々とうなりをあげ、燃え輝く火に包まれ、大空にほのおの舌を発するが如く、霊火の子たち、即ち金星からのほのおの君たちの天車が閃めきいでた。それが白島の上を漂うて、そこに天下ったのである。白島はゴビ海の懐にほほゑむ島で、常緑に四時の花咲き香る島だった。かくて地球は最も美わしい土地に天下った霊王を迎へた。(註。最古史ザーン参照)
ここに永遠無垢の若いサナート・クメラ(上行菩薩)が地球の統治者として現われ、クリヤ力を以て栄光の体をまとう三十名のアデプト(超人)たちと共に、最初のハイラーキー(統治機構)を創立した。一本のバンヤンの木が枝を出すように、この時から後世のアデプト(超人又は大師)たちが現われるように
なった」
「この大存在は、後世の聖者たち、またハイローファント(イエロファント)たち、即ちリシ、カピラ、ヘルメズ、エノック、オルフェアスたちを枝の如く出した一本のバンヤンの木に譬えられる。客観的存在としてのクメラ(上行)は、まことに神秘で、様々と姿を変えて、神秘家や・神秘科学者たちに現われる。
全世界のアデプトたちに、精神的振動を送るのは彼である。名無き者といわれて、多くの名を有ち、しかもその名もその性質もまだ人類に知られていない彼は、秘伝の授与者、また大犠牲といわれる。光の出口に居って、暗い人間世界を内部から見る。
この大教師の黙々たる大指導のもとに、人類の神聖なる大師たちが現われた。幼稚な人類が、芸術科学及び精神的知識を得るに至ったのは、その感化によるもの、また近代の学者が信をおき難しとする絢爛豪壮な古代文明も、彼等神の子たちによって、礎がおかれたのである。」》
昨今世上では救世主待望論がかまびすしく、弥勒すなわちマイトレーヤを自称するエセ・キリストが横行しているが、弥勒菩薩は法華経のなかでも脇役に過ぎず、主役はあくまでも「地涌の菩薩」の上首(統領)たる上行菩薩である。
《秘伝の授与者は、ただ一人サナート・クメラ(上行菩薩)のみである。しかし第一、第二秘伝は、マイトレーヤ(弥勒)が代って授け給う。
第一の秘伝古は、物質界ならざるアストラル界で行われ、われ等はアストラル体として、マイトレーヤのもとに召し出される。数々の御質問にこたえ、ハイラーキーの至純同胞愛決意堅固なるを誓うと、承諾の神意を示すサナート・クメラの銀星が、マイトレーヤの頭上に輝きいで、その光がマイトレーヤを通して、候補者を貫ぬく。マイトレーヤが祝し給うと、侯補者は光の中に小我を失い、光から出た時には、全く人間が一変して、天人種の素質に変化している。言うべからざる力と喜びが、全身の細胞にまでしみわたる。
秘伝を受ける必要条件は、「統覚への心行」を練り出すことである。特に真と不真を見わけること、即ち「心の扉を聞くこと」が、十全でなければならない。若しこの機能に十全でないとしたら、漲るような無我愛があれば、足らざるを償うことが出来る。もう一つ大切なのは、直感力によって、下等機能を純化することである。(略)
第三の鎖は、迷信の鎖である。迷信とは不合理の信仰をいう。精神浄化のため、救いのため、教義や祭祀に頼るのは迷信である。祈祷や、巡礼や、断食は至純、心の支配、平静、一心集注、正しい認識の力に及ぶものでない。救いははっきりと、わが内に求むべきである。祈祷や、巡礼や、断食が、意志を強めることがあっても、大師の道による精神的努力の成功には及ばない。(略)
「人類王国を横切って、大自由霊たる超人生活の入口に立ち、前に開ける七つの道の何れかを、自由に選ぶ。普遍万能の至福涅槃に入って、人間の知能を遥かに超脱した活動に入り、神の化身として、この世に現わるることが出来る。その体はニルマナカヤ身となる。また他の機能、人類に知られぬサムボガカーヤ身となることも出来、然らずば、ダールマカーヤ身となって、字宙霊力の宝蔵を分担する。またハイラーキーの一員として止まり、世界統治指導にたずさわることも出来る。また次の雰囲気に入って、宇宙形体建設にたずさわることも出来る。また大天使に進化することも出来る。また直接、大神に仕えて、太陽系内の事業に当ることも出来る」》
《以上は、個人的秘伝であるが、秘伝によって、人は一大秩序と合体し、恩恵を一切生類に及ぼし、人類進化のために、犠牲となり、光となり、力となる。
二十世紀になって、新たに団体秘伝が始った。団体秘伝につき、ジュアルカル大師の教示を瞥見すれば下の如くである。
「団体秘伝は、一つに結合された団体意志を基とするもので、忠誠、協力、相互依頼に基づき、人類奉仕に聖別されることである。過去に於て、秘伝は側人的に強調されていたが、将来は幾多の有力な弟子たちが、(大師の弟子)連合して秘伝授与者の前に立ち、一つに結合して偉大な事業の実現を見る」
なお、団体秘伝につき、左のように教示されている。
「最も深奥な神秘を示される前、大師の弟子たる者は、四つのことを学び、且つ理解しなければならぬ。第一は発光法則、第二は磁化作用の五つの意味、第三は変化即ち失われたアルケミー能力の再興、第四は秘密を伝える言の最初の字これである」(ジュアルカル・団体秘伝第十四則より)
この言葉は、秘伝語である。新団体の堅実な発達とともに、この現象と意味とは明かになって来る。第一、第四は明かであるが、第二、第三はおどろくべき団体能力で、新文明創造の至上不可抗の能力である。説明よりも事実が雄弁にこれを語る。》
以上、三浦関造氏の本の引用が大部分を占めたが、神智学の予備知識のない人には、よく理解できないかも知れない。しかし、この宇宙の神秘の実相に参入するためには、神智学的な理解が重要である。日蓮も「大知恵者でなければ、この世界は理解できない」とも言い、また「虚空蔵菩薩より教えを受けた」と言っていることもシャンバラとのつながりを説いて暗示的である。
「白い大いなる友愛」とは?
アルマンドさんの手記を訳していて、適当な訳語に窮したことばの一つに、CRANNDE FRATERNDADE DE BRANCAというのがある。直訳すれば「白い大いなる友愛」となるが、これではもうひとつしっくりこない。
そこで、神智学関係の本を手あたりしだいあたってみると「白色同胞団」ということばに突きあたった。白色というのは、黒色、黒魔術に対置される概念のようで、善なる組織、勢力ということらしく、「ハイラーキー」と表現されている場合が多い。
『トランス・ヒマラヤ密教入門』(アリス・A・ベイリー)には、次のようにような文章がある。
《(生命としての地球には)すべての仕事の頂点に、すべての単位(メンバー)をコントロールし、すべての進化を監督する王、すなわち世界の主、サナート・クメラ(上行菩薩)がおり、……彼と協力する助言者として、プラチカ・ブッダ、すなわち活動のブッダと呼ばれる三人の方々がいる。……世界の主の周りにあと三人のクメラ(浄行、無辺行、安立行の三菩薩)方がいる。しかし、この方々は表に出ず、身を秘している。これらの方々が惑星顕現の七を構成している。
世界の主、ワン・イニシエーター、聖書において[日の老いたる者]ヒンズーの聖典において第一クメラと呼ばれる方、サナート・クメラ(上行菩薩)は、ゴビ砂漠にあるシャンバラの彼の玉座からマスターのロッジを司っている。(略)
約一千七百万年前(ハイラーキー飛来し、シャンバラが創設されたのは、約一千八百万年前である)……そして、シャンバラ兄弟団のための最初の居留地は、南アメリカの中央にあるイベスの初期の寺院であった。その支部の一つは、かなり後になってから、古代マヤに設立されることになっていた。……二番目の支部は、後にアジアに設立された。(略)ヒマラヤ人と南インド人のアデプト(超人)方は、この支部の代表者である。》
そして、「将来、ハイラーキーのかつての業績の真実性を現わす発見がなされるであろう。古代の記録や碑が明かされるであろう。幾つかは地上に、そして多くのものは地下の要塞で。カルデアとバビロンからトルキスタンを経、ゴビ砂漠を含み、満州にいたるまでの地帯で、中央アジアの神秘が開かれた時、イベス人の働き手についての初期の歴史の多くが明かされるように計画されている」と述べられている。
そうした、きたるべき「その時」に全貌をあらわす計画と組織の総体をシャンバラの主は、「白き大なる友愛」と称しているのではなかろうか?
また、上行菩薩(サナート・クメラ)の預言者日蓮が、それまでの白法(仏法)とは異なる、途徹もないスケールの法、すなわち「大白法」と予言したものに通じるのではなかろうか。
三浦関造氏はいう。
《今や、人間は電磁力的本来の機能を発揮して、質実柔軟に、サナート・クメラの神意に宿る大経編を認識し、これに奉仕すべき進化の途上に在る。
シャンバラは我等の中央政府である。字宙力と、宇宙神意に連るシャンバラ以外に、平和、繁栄、幸福を人類にもたらすものはない。
一千三百年前以来、日本の史的天眼は聖徳太子、日蓮上人等によって開眼された。上行菩薩、却ちサナート・クメラの神意が国家指導者によって認識されたのは、日本だけである。分立、昏迷の今日の日本よ!汝の高き目標は、模索、追従イデオロギーの雲霧の上に、大日輪の如く輝く。
若しわれ等が、先賢の明を無視して、今日の模索と昏迷に終始するならば、東洋の事態は、世界最悪の渦巻となり、ブラバツキーが予言したように、大陸の海中陥没を招来することであろう。
東京、ロンドン、ニューヨーク、ジュネーヴ、ダージリンの五大都市は、シャンバラ時代の先駆者として、新世界計画を共にしなければならぬ。この五大都市は、ハイラーキーによって、人材を出す都として選定されている。
『亜細亜の心』の著者、ニコラス・ローリック大人はいった。
「シャンバラの偉大なる意義について無知なる者は、東洋と、近代亜細亜の鼓動を語るに足らず」と。日本と中共とを存立せしむるものは、共産主義ではなくて、シャンバラ認識である。若し中共がこれに反して、シャンバラ侵賂を企てるならば、支郡大陸は悉く砂漠と化するか、海底となり終るか、然らざれば、地球は遊星と衝突して、一陣の煙と化し終るであろう。予は仏の言葉を信ずる。曰く、「わが浄土は毀れざるも、人類世界は焼けつきて憂怖苦悩に満さる」と。》
おりから、インドが地下核実験を強行した。それに対抗してパキスタンも実験を強行する姿勢をみせている。これらがアジアのシャンバラにどのように響き、かつ地上世界にどう悪結果をもたらすか?今日未明の直下型地震がそれを暗示している。
平成十年五月十六日
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