みっちゃんの独断と偏見なひとりごと
「ANZAC Dayによせて」 長文よろしく。
<前書き>
私が”戦争”のことを意識したのはいつだろう・・・たぶん10才にも満たないような小さな頃からだった。それは祖父を第二次世界大戦で亡くしていることと無関係ではないはず。
祖母はいつも「ダンナが生きていてくれたら・・・」と、28才で4人の子持ちの未亡人になったあとの辛さを語っていたためと、いかに素晴らしい人が戦争によって死んでしまったか?ということを聞きながら育った。
そのため漠然と『戦争は人に悲しみしか与えないもの!』という私の基本理念が育っていったように思う。でも祖母は、誰が悪い!とかアメリカが悪い!とはいっさい言わなかった。今になって考えるとスゴイことだと思う。
そして大きくなって歴史として先の大戦のことも習うようになる。歴史好きだった私はそのあたりのことを深く掘り下げてみたいと思い、それから後現在に至るまで、いろいろな文献や手記を読むようになった。
だから私の考え方は人から言われたものでも受け売りでもなんでもなく、自分が25年以上かけて自分自身で考え、定着してきたものであることをご了承ください。
<学生時代>
中学時代ーーーあのころは日教組や全教祖が全盛の時代だったのかもしれない・・・大阪の公立中学校。そこでは左翼的な学校であった。社会の授業では”自虐的な歴史”は習わなかったような気がするが、学校の色は左だった。
それは音楽の先生が特にそうだったようで、私たちは他の日本人が多分知らないようなどう考えても”北の将軍様の国”でうたわれている歌を習った。あと奴隷解放の歌や”祖国”という言葉の一杯入った歌。。。。
そして、昔日本でレコーディングされた「イムジン河」とは全く違う歌詞の”イムジンガン”も歌っていた。今も覚えてるよ・・・南のふるさとへな〜ぜに帰れぬ。イムジンの流れよ教え〜ておくれ〜。♪
卒業式に「仰げば尊しは歌わない。どうせおまえたちは教師を尊敬もしてないだろうからな。」という音楽のヒステリックな先生によって”仰げば尊し”の代わりに”巣立ちの歌”なるものを歌った。
”君が代”はどうだっただろう?そのときには”君が代”問題はいまほどは騒がれていなかったような気がする。なので歌ったのだろうか・・・あまりに先生の印象的な言葉のためにほかの事はあまり覚えていない。
そして高校ーーーここは完全に右に傾いていた。爆!天皇陛下の写真があり、昭和天皇他数々の皇族方の行幸を受ける学校であり、それを誇りにする学校であった。
だから朝礼や式典の時には必ずはじめに
「国旗に礼!」
という言葉があり、国旗に向かって礼をしていた。そこで出会った歴史の先生。この先生もユニークというか・・・今思えば画期的!?な先生だったのではなかろうか?私に考えることを教えてくれた恩師だ。
<自衛隊について>
とある現代史だったか公民の時間ーーー「自衛隊のことをどう思う?」と質問をされた。
”自虐的日教祖の現代の歴史”で洗脳されているほとんどのクラスメートそして私自身は”持つべきものではない。あってはならないもの!”と言った。普通ならこれは大正解!な答えなんだろう・・・
その先生は別に普通に「じゃ、どこかの国が攻めてきたときどうする?」と・・・みんな口々に「次の戦争は核戦争だからすぐに終わりよ」みたいなことを言っていた。
「核ミサイルは、最後の手段にしか使わないと思うよ。それまでの間、君たちはどうするのかな・・・敵に占領されるがままなの?」
私たちは口をつぐんだ。。。そう誰が自分の国を守るの?
「まぁ、みんな自分で考えなさい。」
先生はそれ以上、結論も答えも全く言わなかった。後にも先にも私の記憶の中では、自衛隊のことについての話は、その日が最初で最後だった気がする。
それから私は考えた。長い時間が掛かっていつしか妻になり母になり、自分の国以外に住み自分が”外人”になって”ジャップ(OZから)”や”敵(語学学校時代の友達から)”といわれるようになって、結論がでた。
オーストラリアが、ドイツがスイスがまた他のたくさんの国がそうであるように、日本が独立国家であるかぎり「自分の国を守る軍隊」は絶対に必要である。どの国も「敵に攻められなければ、戦争はしない」と上げている。現在は国連に頼まれてイラクに軍を出しているが・・・
<もしもの話>
そして新たに最近、息子を持つ母として考えが加わった。もし私が「アメリカ軍人の母」であって、日本で有事があったとする。私は他の国を守るために息子を戦争に行かせることは絶対に許せない。
自分の国を国民を守るために戦争に行くのは、仕方がないし任務なのだから悲しいけど行かせる。でもなにも関係のないよその国のために、命を賭けることは決して快くも思わないし、反対もするだろう。
ここを考えて欲しい。よく日本人で「アメリカに守ってもらう」と答えている人がいる。・・・君が代や日の丸の国旗反対派、自衛隊反対派はほとんどがそうじゃないのか?・・・もしあなたがアメリカ軍人だったら?その母や妻であったら?ということを考えて欲しい。
自分のいとおしい人を”自国と何も関係のない軍隊のない国を守るため”に戦地に送り出せますか?
いまサマワの自衛隊を守るために新たに行ってくれたオーストラリア軍にただただ感謝!私のOZ友だちもイラクに出征してます。どうか無事で・・・
<国旗と国歌について>
日本の国旗や君が代。私は尊敬している。そして日本人であることも。
オーストラリアに住んでみて、特に”日本”や”日本人”ということを意識しだした。日本の歴史も文化慣習も素晴らしいと思っている。日本人であることを誇りに思っている。
日本に住んで、国旗に反対し国歌に反対している人は、どこの国の人間なんだろう? 自虐近代史を勉強してきたためだろうか、自分の国や国旗に対して尊敬していない人が多すぎると思う。
そして”親中(韓)派”といわれる方々・・・・
自虐戦後史を信じ、17回の日本政府からの謝罪に対してもまだ足りない。国際法に基づいて補償問題も終わっているというのに、いまだ反日教育と外交の切り札として”戦争問題”を扱う中国や韓国に擦り寄っている人たちはナニを考えているのだろう?
私は、つい最近娘の友達の姉である小学校6年生の韓国人の女の子から「日本の漫画は好きだけど、日本人は嫌い!」とハッキリと言われた。
5年ほど前には、語学学校のクラスメート(主に中国&インドネシア)から”戦争責任”についてつるし上げられた。
「日本人は人殺しが好き!」だの「戦争が好き」だの言われた。私も自分の意見をしっかりと持っているのでそれに負けない論争を展開した。そのころは今よりももっとつたない英語であったが、できる限り説明もした。
何よりうれしかったのがその頃たくさんダーウィンに難民として来ていた東ティモールの友達と香港人の友達からの援護討論だった。
「日本は戦争時は悪いことをした。でも自分の国の独立を手伝ってくれた。今の日本人は良い。」(東ティモール人の言葉)
「昔のこと。未来を見ていかなければ・・・それに彼女は戦後生まれであり、当時のことは関係ない。」(香港人の言葉)
どれも本当のことだと思う。私も説明に
「確かに昔、日本は軍部の横暴に逆らえずに戦争へと突進し、中国を初めとしてアジア各国、またオーストラリアにまで戦争をしていきました。でも終戦後60年、あくまでも自衛するための軍隊は持っていますが、戦争を禁じ、平和教育を受け、戦争は二度と繰り返してはいけないということを日本人は知っています。」
いつのまにか日本バッシング(私バッシング?)は止んでいました。でも戦後60年もたっているのに、いまだにこうして感情的に攻め寄ってくる人たち・・・今の日本がどれだけ良いことをしようと「日本人は悪い!」と洗脳教育されてしまった人たちには届かないのだろうね。ただ悲しい。
<植民地の話>
よくドイツの”ユダヤ人虐殺謝罪”のことと先の大戦の”戦後謝罪”の違いのことを言われていますが、まったく問題は違います。
ドイツだけでなく、ここオーストラリアやアメリカ、南アフリカ共和国でもあったことですが「人種差別の虐殺」と「戦争」との違い。それによって、補償問題や謝罪問題も大きく変わってきます。
当時、韓国や中国が日本の”植民地”であったこともも考慮しなくてはなりません。
その当時以前から、イギリスやフランス、スペイン、ポルドガル、オランダなどの国もたくさんの植民地を持っていました。これらの国も現地の人間を奴隷として扱っていました。それらの国の植民地が独立したとき・・・元植民地の国はなにを要求したでしょう?そして今も謝罪や保障を要求しているでしょうか?
植民地=属国。この属国の人間は第2国民となり、牛や馬並みに扱われる。。。だから植民地に絶対になってはいけない。そして他の国を絶対に侵攻もしてはいけない。
これは語学学校時、イランに侵攻されたクルド人難民の友達から聞いた話です。
イラン政府が否定している”クルド人大虐殺”。その生き残りの彼から聞いた話は想像を絶するもので、全員が涙しその日は授業が進まないほどでした。
少し話はずれますが、ここでその話をします。
彼は一人目の子供が生まれたことの知らせを受け、奥さんの実家の村へ行っていて”サリンまたはVXガスの人体実験”の難を免れることができました。自分の村に帰ってみると・・・
道に大勢の人が、ある人は家の中、台所でソファーの上で、小学校に行くと子供たちは机に突っ伏し、先生は教壇の上でその場で倒れて帰らぬ人になっていました。
彼はその日の朝、妻の実家へ行く途中一機のヘリコプターが自分の村へ飛んでいくのを見たそうです。奇しくも自分の息子の誕生日と自分の村全員が虐殺された日とが重なり、息子の誕生日を素直に喜べない。と涙ながらに語ってくれました。
そして、第二国民には絶対になってはいけない!参政権も正当な権利も与えられず、人間として扱ってもらえない。だから絶対に自分の国を守る力をもたなければならない!!
と力説していました。属国とは、自国を守る力を持てなかった国がたどる運命です。そこでは何をされても、どこにも文句を言える立場ではない人間がいます。
<戦争とは人を狂わせるもの>
なぜこの話をしたのか・・・南京虐殺や陸軍部隊による人体実験など、植民地時代そして戦時下においてこのことはあったのは事実でしょう。そして、なにもしない民間人を殺したのも本当でしょう。強姦したり、強奪したのも本当でしょう。
ただ一つ考えていただきたい。
なぜ、普通に考えれば考えられない残虐なことをするのか? それは、戦いの中での異常な精神状態に陥ってるからであり、日本人だけでなく、その状態に置かれた人間ならば、どの人種であっても同じことをするんじゃないだろうか?
何が一番悪いのか?それは”戦争”というものであり、定期的に戦争をするように仕向けている武器商人であり、いろいろな国益を考えるほんの一部の人間なのでしょう。
行きたくて誰が戦争に行きますか?自分を守るため、自分が殺られない前に相手を殺す。これ自分が当事者になったときに「殺人はいやだから殺してください」って言える人って、どれくらいいるだろう・・・
私も自分や子供たちを守るためなら、目の前にいる敵を殺ると思う。そのときになって、奇麗事ではすまない。やられる前にやる!この精神状態がもっと高じてくると・・・信じられないような残忍なことを出来るようになってくるのだと思う。
だからといって、戦争がなかった!とか虐殺もなかった!なんていってるのではない。あくまでもそれらのことは認めてはいるがあれは”戦争”であり、異常な精神状態が引き起こした悲しいことなのだと思う。
<戦後の日本人>
それが終わった終戦後、日本は変わった。日本人の特徴として、徐々に変化をするのではなく、昨日まで信じていたものをあっさりと捨て、今日からはあっち!!と走っていける国民性。みんなでわたれば怖くない。という精神!
この精神だったからこそ、焼け野原になった日本を戦後何十年かでここまでの先進国に出来たのだ。とも思うし一方で、これが強すぎて、自虐的になるようになってしまったのだと思う。
自虐史を信じている人や、親中(韓)派の方たちは最終的にどうしたいんだろう?日本を中国や韓国の属国にしたいのだろうか? 私たちを第二国民とし、人体実験をされても文句もいえず、目を見たからという理由で殺されても文句も言えず!ということにしたいのだろうか?
公式な謝罪を17回。今回も小泉首相が行ったようだから18回。補償金を何十億そして、それからもODAと称して何百億というお金を渡しても渡しても終わることのない”おねだり”いったいナニが欲しいの・・・。
<靖国神社問題>
親中(韓)派の方たちと話をすると「お金じゃない謝罪であり、行動だ」と言われる。行動とは”靖国神社参拝禁止”のことを指すのだろうか。靖国に眠るたくさんの日本を守ってくれた英霊へ感謝の意も表ささないという。
もちろんA級戦犯が合祀されていることが一番の問題なのだろうが、たぶんこの人たちは”合祀問題”がなくなっても、靖国神社という存在自体そのものが気に入らないんだろうな。
「次は靖国で会おう!」と誓って死んでいった数々の人たち。日中問題の邪魔者!?みたいに思われていることを知ったらどんなに悲しいだろう・・・日本を守るために死んだのにね。
日本はとても不思議な国で”国教”というものがない。よくこちらの人に聞かれるが私はこう答えている。
「日本人はとても柔軟な考え方が出来ます。お宮参りや初詣>神道。クリスマス、結婚式>キリスト教、葬式>仏教。・・・とイベントによって各宗教のいいところを取って生活しているのです。だからこそ、日本において2000年以上の歴史の中”宗教戦争”というものは、仏教伝来時とキリスト教弾圧時に起きた小競り合い以外にはありません」
私は日本のこの宗教に対しての柔軟性はとてもいいことだと思う。
<日本人の柔軟性>
そしてその柔軟性は先の大戦を教訓にして「戦争は二度と起こさない」と一緒に「非核3原則」を掲げているのもものすごくいい!ただ残念なのは、自虐的になりすぎ、時に日本人でいたくなくなるような教育をするのはやめてもらいたい。そして、もっと自分の国に誇りを持つ教育をしてもらいたい。
反日教育をしている国。その国の子供たちは初めから”負の印象”を持って日本人を見る。娘の友達がそうなように小さな頃から「日本人は敵。日本人憎し!」で育てるのはあまりにも悲しい。
過去のことは過去の教訓として、新たに未来に向けての歩みはできないのだろうか・・・
<教科書問題>
今問題になってる歴史の教科書。人の国の教科書に口を出すことは行きすぎ!どの国でも隠したい歴史はあり、事実を曲げていることはたくさんある。オーストラリアにしてもアボリジナル問題にはいまだに目隠している始末だし・・・当の中国だって、文化大革命やチベット侵攻の闇の部分は隠しているはず。。。
何事も両面から見ると全く違うものに見える。もちろん、戦争問題のすり替えを推奨してるのではなく、それぞれの国にそれぞれの国から見た”歴史の事実”というものがある。ということを認識しなくてはいけないと思う。
日韓両国の共同制作の教科書・・・どんなことが書かれているのかものすごく興味がある。
<在日韓国人問題>
これもまた戦争補償の問題と切っても切れない関係にあることで・・・
強制的にであれ自発的にであれ、日本に来て3世代目、4世代目になる在日韓国人は日本人として認めても良いのではないだろうか?
オーストラリアでは”永住権取得”から2年以上住んでいれば”国籍”が取れる。2年とは短い気がするが、そのかわり永住権を取るにはとても困難な道のりがあり、とても難しい。
日本も2年とはいわないが、何世代も日本に生活し、日本語を読み書きし話せ文化風習にしても”日本人”となんら変わりない3世以上の在日韓国人には日本帰化を許可してもいいのではないだろうか?
在日の友達に聞いたところ、最近では”日本人帰化”も簡単にできつつあるという。それは喜ばしいことだと思う。
<指紋押捺問題>
これも騒がれて久しいーーーでも”外人”である限りは1回はしなくてはならないんじゃないだろうか?
私も家族もオーストラリアに永住権を申請するとき、10本指全部の指紋と無犯罪証明書、健康診断書そして戸籍謄本やら他いろいろな証明書を提出している。
それだけの身元調査をされて始めて”永住権”をいただけるのだ。
これをすっ飛ばしてはいけない。これは世界各国どこも同じことをしている。決して日本に来るまたは居住する外人だけがしているのではない。
自国からでたものは、国籍をとらない限り外国人。であるということ。それを日本政府も忘れないで欲しい。
<最後に思うこと>
戦後60年ーーーー日本は発展もし平和を守っている素晴らしい国だと思う。世界中でこんな国はないんじゃないだろうか?
戦勝国であるアメリカ・・・第二次世界大戦後、ほとんど10年ごとに戦争を起こしてきた。自分の国を守るためじゃなく、いろいろな理由をつけてしっかりと侵攻している。。。。
そして中国。いまだにチベット侵攻しているのも、少数民族である新疆ウイグルの人たちや共産党に歯向かう人たちを殺してるのも、台湾を手に入れたくて戦争をしたい!なんてことも思ってる。いったい何を考えてるんだ?
自分たちがされていやだったことを平気で今もしている。そして日本にはそれを棚上げにして被害者ヅラ・・・・親中派の人にこのことを聞いてもお茶を濁す・・・もううんざり。
そろそろ私のぼやきもうんざりね。(^^;) 最後に一言。
”日本や日本人が悪いのではなく・・・戦争を起こしたことが悪く、戦争をしていく中でおかしくなっていく弱い人間が問題なのです。”
人間は弱いもの―――だからこそ、戦争は起こしてはならないのです。そしてどの国もこれからの未来を見て行ってもらいたい。
と私は思うのです。