萩原朔太郎
『月に吠える』より


  
  内部に居る人が畸形な病人に見える理由


                  ヽ ヽ ヽ
わたしは窓かけのれいすのかげに立つて居ります、
 
それがわたくしの顔をうすぼんやりと見せる理由です。
 
わたしは手に遠めがねをもつて居ります、
 
それでわたくしは、ずつと遠いところを見て居ります、
 
につける製の犬だの羊だの、
 
あたまのはげた子供たちの歩いてゐる林をみて居ります、
                   め    ヽ ヽ ヽ ヽ
それらがわたくしの瞳を、いくらかかすんでみせる理由です。
              ヽ ヽ ヽ ヽ
わたくしはけさきやべつの皿を喰べすぎました、
 
そのうへこの窓硝子は非常に粗製です、
 
それがわたくしの顔をこんなに甚だしく歪んで見せる理由です。
 
じつさいのところを言へば、
 
わたくしは健康すぎるぐらゐなものです、
 
それだのに、なんだつて君は、そこで私をみつめてゐる。
 
なんだつてそんなに薄氣味わるく笑つてゐる。
 ヽ ヽ
おお、もちろん、わたくしの腰から下ならば、
            ヽ ヽ ヽ ヽ
そのへんがはつきりしないといふのならば、
 
いくらか馬鹿げた疑問であるが、
 
もちろん、つまり、この白い窓の壁にそうて、
 
家の内部に立つてゐるわけです。