萩原朔太郎
『月に吠える』より

   
   田舎を恐る


 
わたしは田舎をおそれる、
 
田舎の人氣のない水田の中にふるへて、
 
ほそながくのびる苗の列をおそれる。
 
くらい家屋の中に住むまづしい人間のむれをおそれる。
 
田舎のあぜみちに坐つてゐると、
 
おほなみのやうな土壌の重みが、わたしの心をくらくする、
 
土壌のくさつたにほひが私の皮膚をくろずませる、
 
冬枯れのさびしい自然が私の生活をくるしくする。

 
田舎の空氣は陰鬱で重くるしい、
 
田舎の手觸りはざらざらして氣もちがわるい、
 
わたしはときどき田舎を思ふと、
 ヽ ヽ
きめのあらい動物の皮膚のにほひに悩まされる。
 
わたしは田舎をおそれる、
 
田舎は熱病のじろい夢である。