『草木塔』
種田山頭火
山行水行
山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆふべもよろし
炎天かくすところなく水のながれくる
日ざかりのお地蔵さまの顔がにこにこ
待つでも待たぬでもない雑草の月あかり
風の枯木をひろうてはあるく
向日葵や日ざかりの機械休ませてある
蚊帳へまともな月かげも誰か来さうな
糸瓜ぶらりと地べたへとどいた
夕立が洗つていつた茄子をもぐ
こほろぎよあすの米だけはある
まことお彼岸入の彼岸花
手がとどくいちじくのうれざま
おもひでは汐みちてくるふるさとのわたし場
しようしようとふる水をくむ
一つもいで御飯にしよう
ふと子のことを百舌鳥が啼く
山のあなたへお日さま見おくり御飯にする
昼もしづかな蝿が蝿たたきを知つてゐる
酔へなくなつたみじめさはこほろぎがなく
はだかではだかの子にたたかれてゐる
ほんによかつた夕立の水音がそこここ
やつと郵便が来てそれから熟柿のおちるだけ
散るは柿の葉咲くは茶の花ざかり
うれてはおちる実をひろふ
人を見送りひとりでかへるぬかるみ
月夜、あるだけの米をとぐ
空のふかさは落葉しづんでゐる水
石があれば草があれば枯れてゐる
お月さまが地蔵さまにお寒くなりました
水音のたえずしていばらの実
うしろから月のかげする水をわたる
しぐるる土に播いてゆく
或る若い友
落葉を踏んで来て恋人に逢つたなどといふ
ぽきりと折れて竹が竹のなか
月がうらへまはれば藪かげ
とぼしいくらしの屋根の雪とけてしたたる
ほいないわかれの暮れやすい月が十日ごろ
街は師走の八百屋の玉葱芽をふいた
ことしもこんやぎりのみぞれとなつた
なんといふ空がなごやかな柚子の二つ三つ
ここにかうしてわたしをおいてゐる冬夜
焚くだけの枯木はひろへた山が晴れてゐる
病めば鶲がそこらまで
よびかけられてふりかへつたが落葉林
雪へ足跡もがつちりとゆく
酒をたべてゐる山は枯れてゐる
しんみり雪ふる小鳥の愛情
遠山の雪も別れてしまつた人も
雪のあかるさが家いつぱいのしづけさ
藪柑子もさびしがりやの実がぽつちり
枯れてしまうて萩もすすきも濡れてゐる
椿のおちる水のながれる
寝ざめ雪ふる、さびしがるではないが
誰か来さうな雪がちらほら
ふくろうはふくろうでわたしはわたしでねむれない
汽車のひびきも夜明けらしい楢の葉の鳴る
月がうらへまはつても木かげ
枯れたすすきに日の照れば誰か来さうな
何もかも雑炊としてあたたかく
蓑虫もしづくする春が来たぞな
病みほほけて信濃より帰庵
草や木や生きて戻つて茂つてゐる
病みて一人の朝がゆふべとなりゆく青葉
柿の若葉のかがやく空を死なずにゐる
蜂がてふちよが草がなんぼでも咲いて
けさは水音も、よいたよりでもありさうな
いつもつながれてほえるほかない犬です
ほんにしづかな草の生えては咲く
生えて伸びて咲いてゐる幸福
閉めて一人の障子を虫が来てたたく
影もはつきりと若葉
ひよいと穴からとかげかよ
誰も来てくれない蕗の佃煮を煮る
千人風呂
ちんぽこもおそそも湧いてあふれる湯
うれしいこともかなしいことも草しげる
ひとりひつそり竹の子竹になる
山から山がのぞいて梅雨晴れ
朝からはだかでとんぼがとまる
食べる物はあつて酔ふ物もあつて雑草の雨
炎天のはてもなく蟻の行列
蜘蛛は網張る私は私を肯定する
いつでも死ねる草が咲いたり実つたり
日ざかり落ちる葉のいちまい
霽れててふてふ二つとなり三つとなり
青空したしくしんかんとして
ここにわたしがつくつくぼうしがいちにち
百合咲けばお地蔵さまにも百合の花
草にも風が出てきた豆腐も冷えただろ
風がすずしく吹きぬけるので蜂もとんぼも
ふるさとの水をのみ水をあび
ここを死に場所とし草のしげりにしげり
誰にあげよう糸瓜の水をとります
お彼岸のお彼岸花をみほとけに
彼岸花さくふるさとはお墓のあるばかり
秋風の、腹立ててゐるかまきりで
おちついて柿もうれてくる
重荷を負うてめくらである
つくつくぼうしあまりにちかくつくつくぼうし
柿の木のむかうから月が柿の木のうへ
寝床へ日がさす柿の葉や萱の穂や
何か足らないものがある落葉する
郵便屋さん
たより持つてきて熟柿たべて行く
百舌鳥のさけぶやその葉のちるや
樹明君に
うらから来てくれて草の実だらけ
ともかくも生かされてはゐる雑草の中