八木重吉 詩稿「木と ものの音」 ハヤ わたしの生まれた田舎には ハヤといふ魚がずいぶんたくさんにゐた あまり数が多かったのと たべても そううまくもないのとで その半透明なからだをみてゐると なんだか うすぼんやりのようなきがしたものだった でも あまり上手でない釣手にはありがたいさかなであった わたしはよくおぼつかない手つきで釣竿をにぎり ヽ ヽ ヽ 鑵づめの古いぶりき鑵の底のほうへみみずのほそいのをすこしばかりならべて ヽ ヽ ヽ 人がちっとも来ないくるみの木の下で糸をたれてゐたものだった 小半日もつってゐると それでもハヤが二匹や三匹ひっかかったものだった すこし大きな奴がつれたときなんか むちゆうでひとりっこと云ひながら針をはづしてやった ねばねばする魚のはだが手にねばりついて 残酷なようなそのくせ云ひしれぬうれしさにひとりでむねをふるわせてゐたっけ そうして釣りあげたハヤのはいった鑵を ヽ ヽ つめでコツコツたたきながら口笛をふいて家へかへっていった たいていだれにも見せずに ヽ ヽ おっ母さんにだけ瀬戸口のどぶのところでみせたっけ |