思い出の姫路城下町レトロ

旧神戸大学姫路分校(県立大環境人間学部)⇒姫路城⇒JR姫路駅

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1959年〜1960年(S34-S35)一年半住んだだけですが、城下町独特の雰囲気があり、知らない店も何故か懐かしく覚えます。
公益社団法人姫路観光コンベンションビューローの観光案内パンフレット「城下町レトロショップ探訪」とESS の季刊誌の広告を参考に、 不確で微かな記憶をもとに、思い出の場所を探してみました。

年配の昔の姫路をご存知のタクシーの運転手さん達、通りすがりに道を教えてくださったついでに、思い出話をしてくださった親切な方々!お世話になりました。ありがとうございました。

地図は観光案内の看板の説明書の物を使わせていただきました。少し加工してます。
写真撮影(2016年〜2018年)


1961年の姫路駅前



この写真は国土地理院の地図・空中写真サービスからダウンロードしました。

「城下町レトロ」コース

お城⇒本町商店街⇒みゆき通り
みゆき通り⇒二階町⇒(西二階町)
西二階町
中の門筋
閉鎖された映画館
山陽姫路駅と山陽百貨店、旧ヤマトヤシキ(ヤマトヤシキ 2018年2月閉店)
博労町(大◎)・かどや(小◎)
駅前町

突き当りの姫路城は昭和の大修理(1956〜1964)のため工事中です。


姫路城



私が姫路におりました頃は、姫路城の天守閣は8か年計画で解体修理着工中(昭和の大修理(1956〜1964))でした。
昭和の大修理から約50年経って、2009年 平成21年 大天守保存修理工事着工(平成の修理)。
総工事期間5年半に及んだ「平成の大修理」も終えました。



昭和の大修理中のお城(1963年3月)


もう卒業だから、どこか記念に遊びに行こうと誘ってくれた友人は御影分校出身だったので、是非姫路城を案内してくれと言われました。
修理中だったけど見られるという事で出かけました。

昭和のお城の解体修理着工中の入場券


入場券:表



入場券:裏

昭和の絵ハガキ



お口直しに、入場の時に頂いた物に付いていた絵ハガキ。





↑
神戸大学姫路分校時代のバス停



県立大環境人間学部前の神姫バスのバス停
↓






旧姫路分校⇒お城⇒姫路駅前



(2016年〜2018年)当時



学校からは、どの道を通って駅前に行きましたか?
通学生の方はバスが多いと思いますが、寮生・下宿生は買い物・アルバイト・遊びと、結構歩いたと思います。
寮誌「白陵」を読みますと、お城の前の柔道場に通った方もおられたようです。

(白陵寮閉寮記念誌「白陵」(S39年発行)はディジタル化されていませんので、リンク張れないですが、 興味ある方は神戸大学文書資料室で保管されている本が読めます。)


正門前�@から真っすぐ南へバス道を しばらく行くと市立姫路高校(2021/8 姫路西高を訂正)、現在は城乾(じょうけん)小中学校があります。

市立姫路高校(2021/8 姫路西高を訂正)の広い土の運動場が、昔と余り変わりなく、あります。

この場所にあったのは市立姫路高校でこの高校が移転しました。
そして姫路西高は現在の場所に最初からあり移転しておりません。
yamajii 様からのご指摘で訂正します。



面影の残っている今(2017年)を探して!






神大姫路分校時代のESSクラブの季刊誌の広告
神大姫路分校時代のESSクラブの季刊誌の広告を出してくれていました。今も残っているところを探検!

総社本町と総社境内の学生様の映劇

映劇と永井写真店

映劇はなくなってますが、永井写真館は近代的な建物になって健在でした。





映画館閉鎖後はボーリング場になり、その後総社が周りを含めて買い取って、現在は参拝者駐車場になっています。
写真右(北側)が総社の神門で、その前(南側)が映劇跡の駐車場です。
若い時分、よく見に行った!と映劇で映画を見た人のお話では、洋画が多く楽しかったとの事です。
境内一帯が娯楽場のようで、お祭りのように屋台が立ち並び、サーカスが来たことも在る!
青春時代を懐かしんでおられました。







2018年で創業100年だそうです。

建物は変わっていますが、現在も総社の門前、駐車場の南隣に店を構えておられます。


十七八(となはち)


姫路風のショウガ味ではなく、普通のおでんだそうです。
学生には少し高級店のように感じますが。。。

2026年5月 閉店したそうです。更地になっていました
十七八(となはち)の西(写真右)に見えているのが、五十米道路の歩道と街路樹です。

東来春






季刊誌の広告には学生歓迎」とのうれしいお言葉。
で、姫路訪問の際にはひそかにお礼に参りました。


EJIPUTO・山陽座

駅前町にあった、山陽座(1932年〜2016年)も閉館していました。
リニューアルしてシネ・パレス山陽座として最近まで、姫路フォーラス7階にありました。
姫路フォーラス閉館と共に、2016年1月に閉館しています。
今「山陽座」の流れをくむアースシネマズ姫路が、テラッソ姫路で、2015年からオープンしています。


跡地にはホテルが建つようです。
(追記:2018年10月17日、「ダイワロイネットホテル姫路」がオープンしました。


山陽座の隣のカレー屋さんはなくなっていますが、山陽座の思い出にこの広告も掲載しました。



山陽百貨店・山陽電車



「キャッスルビュー」から五十米道路・姫路城・旧姫路分校方向を望む

大手前通り(五十米道路)の一方の端であるJR山陽本線姫路駅からもう一方の端の姫路城まで見る。
姫路のデパート、山陽百貨店が左手前に、ヤマトヤシキ(2026年閉店跡地には分譲マンション)が右奥に見えます。
名前だけは良く知っていたけど当時の貧乏学生の身分ではあまり縁が無かったです。

突き当りの姫路城分かります?

再整備前の五十米道路



この写真は姫路市のHPからダウンロードしました。

この電柱のない広い道路、しかも自慢のお城が、どこからでも見られる。姫路の先人はほんとにえらい!と思います。

昔、五十米道路と言ってた時には、ほんとに広いと思っていましたが、今見るとそんなに広いとは思えない?
私が大きく(太く)なったからそう見えるのかと思いましたが、原因わかりました。

以前は、 五十米道路は片側4車線でした。
2012年〜2015年の再整備工事で、 車道を片側4車線から緩速度車道を1車線縮小し3車線とし、歩道が拡幅されました。

五十米道路と姫路南座

国鉄姫路駅からお城までまっすぐ伸びる「五十米道路」。
私達は「五十米道路」と言ってたのですが、本名は大手前通りだそうです。
今から56年前、(1960年)の 60年 安保デモ時には、姫路駅から姫路警察署まで、この通りをデモ行進しました。



神戸大学文書資料室蔵の今から56年前、(1960年)の姫路分校60年安保デモ時の五十米道路東側の写真。
参加者は喪章をつけているので、多分樺美智子さんが亡くなった(1960/6/15)直後のデモと思います。

写真のバックに写っている、姫路南座。
1964年(S39年)改装し、姫路OS劇場になっていましたが、2016年1月閉館しました。
(姫路南座⇒建替え⇒OSビル⇒姫路OS劇場閉館⇒)現在の名称は、姫路駅前ビル。
姫路駅前ビルとその北の播州信用金庫とは今も同じ場所にあります。



現在では、6月には浴衣まつり、8月初旬にはお城まつりでは大手前通りでパレード等が行われているようです。


神大姫路分校時代のESSクラブの季刊誌の広告

神大生御用達 ブルボン

半世紀以上昔、学生には大贅沢だった、おしゃれな喫茶店ブルボン !懐かしい〜
姫路を離れてからも何度か来ましたが、いつの間にか絶たんでいました。







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