山村暮鳥「聖三稜玻璃」



  ―
 A FUTUR


 
まつてゐるのは誰。土のうへの芽の合奏の進行曲である。
 
もがきくるしみ転げ絶つてゐる太陽の浮かれもの、心の
                                              ヽ ヽ ヽ
日向葵の音楽。永遠にうまれない畸形な胎児のだんす、
                                           からだ
そのうごめく純白な無数のあしの影、わたしの肉体は底
 
のしれない孔だらけ……銀の長柄の投げ鎗で事実がよる
 
の讃美をかい探る。


 
わたしをまつてゐるのは、誰。


 
黎明のあしおとが近づく。蒼褪めたともしびがなみだを
 
滴らす。眠れる嵐よ。おお、めぐみが濡らした茎の上は
 
いちめんに紫紺色の罪の靄、神経のきみぢかな花が顫へ
 
てゐる。それだのに病める光のない月はくさむらの消え
 
さつた雪の匂ひに何をみつけやうといふのか。嵐よ。わ
 
たしの幻想の耳よ。


 
わたしをめぐる悲しい時計のうれしい針、奇蹟がわたし
 
のやはらかな髪を梳る。誰だ、わたしを呼び還すのは。
 
わたしの腕は、もはや、かなたの空へのびてゐる。青に
 
朱をふくめた夢で言葉を飾るなら、まづ、酔つてる北極
                             ヽ ヽ ヽ ヽ
星を叩きおとせ。愛と沈黙とをびおろんの絃のごとく貫
                いのち
く光。のぞみ。煙。生。そして一切。


               た ね
蝙蝠と霜と物の種子とはわたしの自由。わたしの信仰は
 
真赤なくちびるの上にある。いづれの海の手に落ちるの
   たましひ そなた           とんば
か、霊魂。汝は秋の日の蜻蛉のやうに慌ててゐる。汝は
 
書籍を舐る蠧魚と小さく甦る。霊魂よ、汝の輪廓に這ひ
        おしやれ
よる脆い華奢な獣の哲理を知れ。翼ある声。真実の放逸。
                 かた ち
再び汝はほろぶる形象に祝福を乞はねばならぬ。


 
靡爛せる淫慾の本質に湧く智慧。溺れて、自らの胡弓を
 
わすれよ。わたしの秘密は蕊の中から宇宙を抱いてよろ
 
めき伸びあがる、かんばしく。


 
わたしのさみしさを樹木は知り、壺は傾くのである。そ
                  ささや                    おもちや
して肩のうしろより低語き、なげきは見えぎる玩具を愛
        ひとみ           フヰルム
す。猫の瞳孔がわたしの映画の外で直立し。朦朧なる水
 
晶のよろこび。天をさして螺旋に攀ぢのぼる汚れない妖
 
魔の肌の香。


 
いたづらな蠱惑が理性の前で額ずいた……
                        い つ
何といふ痛める風景だ。何時うまれた。どこから来た。
        ね
粘土の音と金属の色とのいづれかのかなしき様式にでも
                            ど ぶ
舟の如く泛ぶわたしの神聖な泥溝のなかなる火の祈祷。
                                   ヽ ヽ ヽ
盲目の翫賞家。自己礼拝。わたしのぴあのは裂け、時雨
 
はとほり過ぎてしまつたけれど執着の果実はまだまだ青
 
い。


 
はるかに燃ゆる直覚。欺むかれて沈む鐘。棺が行く。殺
 
された自我がはじめて自我をうむのだ。棺か行く 音も
 
なく行く。水すましの意識がまはる。


 
黎明のにほひがする。落葉だ。落葉。悩むいちねん。咽
 
びまつはる欲望に、かつて、秘めた緑の印象をやきすて
 
るのだ。人形も考へろ。掌の平安もおよぎ出せ。かくれ
 
たる暗がりに泌み滲み、いのちの凧のうなりがする。歓
 
楽は刹那。蛇は無限。しろがねの弦を断ち、幸福の矢を
               ヽ ヽ ヽ ヽ
折挫いてしくしくきゆぴとが現代的に泣いてゐる。それ
 
はさて、わたしは憂愁のはてなき逕をたどり急がう。


                め
おづおづとその瞳をみひらくわたしの死んだ騾馬、わた
 
しを乗せた騾馬――記憶。世界を失ふことだ。それが高
           ヽ ヽ ヽ         シイン     ヽ ヽ ヽ ヽ
貴で淫卑なさろめが接吻の場なる。そぷらので。すべ
  ヽ ヽ ヽ ヽ
てそぷらので。残忍なる蟋蟀は孕み、蝶は衰弱し、水仙
 
はなぐさめなく、帰らぬ鳩は眩ゆきおもひをのみ残し。


      あ く び         ヽ ヽ ヽ ヽ
おお、欠伸するのはせらぴむか。黎明が頬に触れる。わ
 
たしのろくでもない計画の意匠、その周囲をさ迷ふ美の
                ク リ イ ド
ざんげ。微睡の信仰個条。むかしに離れた黒い蛆虫。鼻
                              ヽ ヽ ヽ ヽ
から口から眼から臍から這込むきりすと。芸術の仮面。
      き ん いろ
そこで黄金色に偶像が塗りかへられる。


                                                  まぶ
まつてゐるのは誰。そしてわたしを呼びかへすのは。眠
 た
瞼のほとりを匍ふ幽霊のもの言はぬ狂乱。鉤をめぐる人
                                      リ ズ ム
魚の唄。色彩のとどめを刺すべく古風な顫律はふかい所
                                    と き いろ       ヽ ヽ
にめざめてゐる。霊と肉との表裏ある淡紅色の窓のがら
ヽ                       み つ            あたま
すにあるかなきかの疵を発見けた。(重い頭脳の上の水
 
甕をいたはらねばならない)


                うしろ
わたしの騾馬は後方の丘の十字架に繋がれてゐる。そし
 ものう
て懶くこの日長を所在なさに糧も惜まず鳴いてゐる。