・前書き

 はじめまして、シロクマさん。

 突然、メールを送ってしまって申し訳ございません。ですが、脱オタ症例検討のコーナーを見ていて、全く同じというわけではないのですが、脱オタされた方々の手記を拝見し、彼らの体験、人生が私が今まで辿ってきた22年の人生と類似している点が多いのではないかと感じ、その結果、シロクマさんのサイトに自分の今までのオタク人生についての手記を送りたいと考えた所存です。もし、この手記が私と同じように脱オタや社会適応に苦しんでいらっしゃる方や、今後のシロクマさんの研究にお役に立てるようであれば良いと考えております(ちなみに、私の性別は女性なのですが、今までの脱オタ症例に載っていた方と類似した体験をしております)


・Hさんの躓き(小学校時代)

 私のオタク人生がはじまったきっかけは、小学校三年のときにクラスのいじめにあったことからだったと思います。当時、私が通っていた学校ではクラスのなかに誰か一人いじめの対象者を作って、その人を皆でいじめるという慣習がありました。そして運悪く、私はその対象者にされてしまったのです(元来、人と違う行動ばかりとっていた私は、村八分にするにはうってつけの人材だったのでしょう)。「運動神経が鈍い」「左利きだ」「音痴だ」と難癖をつけられては、男子からは殴る蹴るの暴行をうけ、女子からはわざと机に給食の残飯をかけられたり、目の前でののしられました。この頃から、それまで一緒に遊んでくれていた友人も私を無視するようになり、孤立した私は、家に帰るとテレビでアニメを見たり、漫画を読むことしかしなくなりました

 こうしたことが小学校5年の頃まで続いた後、父の都合で転校することになり、これでいじめから解放されると私は思っていました。しかし、転校先の学校でも私は新たないじめを受ける羽目になりました。転校当初は、仲良くしようと何人かの女子が私に話しかけてくれたのですが、先のいじめの件で完全な人間嫌いになっていた私は、彼女らとの交流には消極的でした。その消極的ぶりに腹を立てたのか、中学に入学した途端、彼女らは今度は私を攻撃してくるようになりました。体育や音楽、美術といった班分けのある実技教科の授業では、私と同じ班になることを嫌がり、私と同じ班になってしまった人に向かって大きな声で「Hさんと一緒の班になるなんて最悪だね」と大声で言ってきました。私が彼女らよりテストでよい点数をとるとトイレで暴れて私を罵倒し、悪い点数をとったときは「頭悪いよね」とわざと私にきこえるように陰口をたたいていました。


・Hさんのオタク趣味への邁進

 こうして鬱々とした毎日を送っていたとき、私は当時、流行真っ只中だった『新世紀エヴァンゲリオン』にはまってしまいました。再放送は全て録画し、エヴァに関する書籍や漫画、アニメ雑誌も購入し、一時期はエヴァの主人公である碇シンジに同調して自分は根暗で消極的な人間でしかないと悩み苦しみました。また、エヴァ以外にもアニメを沢山見るようになり、当然、勉強は手につかず、もともと良くなかった成績も更に悪くなりました。中にはそんな私を心配して、声をかけてくれたり個人的に勉強を教えてくださった先生もおられましたが、結局、私のひねくれぶりと不勉強は卒業までに改善できませんでした。当時のことを考えると、私は本当に愚かで冷淡な人間だったと情けなくなってしまいます。

 高校に入ってからは、中学とは打って変わって私は勉強熱心になり、高校2年の頃には成績もほぼトップクラスになりました。勉強熱心になった理由は、中学のときほど、アニメが面白いと感じられなくなり、今までアニメや漫画に割いていた時間を勉強に使うようになったからということがあります。また、高校に入ってからも、好きな漫画はあったことはあったのですが(この頃から地元のコミケには顔を出すようになりましたし)、まずはしっかり勉強してから好きなことをしようという強い自制心が生まれていたこと、入学先の高校の先生が皆、教育熱心な方ばかりだったことも成績アップの原因に挙げられます。ですが、前述のとおり、コミケに顔を出す、同人誌を買い漁ることはやっていたので、脱オタしたわけではありませんでした(ちなみに、同人誌を知ったきっかけは、中学1年のときに間違ってエヴァの18禁アンソロジーを買ったことがきっかけでした。その後、中学2年の時には誤ってるろ剣のやおいアンソロジーを買い、やおいの世界にどっぷりつかりました)、むしろオタクとしてはやっていることはエスカレートしていたのではないかと思います。とくに、『るろうに剣心』のやおい本を買って以来、腐女子ぶりはエスカレートし、本棚はアンソロジーと同人誌で埋まっていました


 ・ここまでのシロクマ注:

 いじめられた逃げ場所としてのオタク趣味&オタク界隈、という図式がはっきりとみえるストーリーでした。アニメや漫画は、友達がいないひとりぼっちの状況でも、家に引きこもりがちな状況でも楽しむことができます。このため、クラス内で疎外感を感じているスクールカースト下位の男性や、いじめられている男性にとっての数少ない娯楽となることがあると私は考えています。少なくとも、そういう経緯で“唯一選択可能な娯楽の選択肢として”オタク界隈に入り込む男性は少なくありません。Hさんは女性ですが、オタク界隈に身を置く経緯は非常に似ています。

 そして『エヴァンゲリオン』『るろうに剣心』という連続技に翻弄されるHさん。当時の女性オタク分野のメジャーな作品でしっかりやおい同人に浸かった、オタク然とした学生時代が続きます。大学受験の勉強はこなしたにせよ、その事がオタク趣味のブレーキになる事が無いことは「大学にあがってくるオタク新入生達」の姿をみればご理解頂けるかと思いますが、Hさんにおいても例外ではなかったという事でしょう。

 性別の違いやオタクジャンルの違いやシビアさはともかく、Hさんの辿った軌跡は、“勉強は出来るんだけど、コミュニケーションスキル/スペックに難があって学校内で良い思いが出来ない“いじめられたり虐げられたりするなかで、唯一選択可能な趣味がオタク趣味だった”という点で、これまでの脱オタ症例達とよく似ているように思えます。また、Hさんほど極端では無いレベルの話としても、(東浩紀分類における)第三世代オタクの少なからぬ割合が、学校内のコミュニケーションやステータス上の制約から、唯一選択出来たのがオタク趣味だった、という流れを持っていることにも注目して欲しいです。オタク趣味は、当時のHさんにとって唯一選択可能な慰安として機能していたのでしょう。



・Hさんのサブカルオタク化→就職活動に伴って脱オタ

 大学に入ってからも、相変わらずの腐女子ぶりを発揮させていましたが、同時にものごとを深く追求したいという欲求も出てきて、岡田斗司夫さんや本田透さんをはじめとしたオタクによるオタクの研究本を読み漁るようになりました。同時に、アニメ以外にも没頭できる趣味もでき、大学が都市圏にあったことも影響してか、おしゃれにも気をつかうようになりました。以前、大ヒットした『電車男』ではありませんでしたが、それまでの私は自分の身なりを全く気にかけない女でした。ですが、キャンパス内の綺麗な恰好をした同年齢の女の子を見ているうちに「私もああいうふうに普通の綺麗な女の子になりたい」と思うようになって、今までオタク生活に使っていたお金をだいぶ削って色々な服や化粧品を買い、最終的には普通の女の子のような恰好ができるようになりました。こうして、服やメイクにお金を使うようになったので、当たり前ですが、オタク面はだいぶうすれてしまいました(服を買いたいがため、同人誌を専門店に売り払うこともしばしばありました)。私の大学人生は、オタク→ぬるオタへの脱皮だったと言っても過言ではないでしょう。


 この外見脱オタに完全に成功したのは、厳密には大学3年の冬から4年の夏にかけての就職活動の時期です。それまでも眼鏡をコンタクトに代えたりと、外見の脱オタの努力はしておりましたが、それでもノーメイクな上に服装があまりにも貧相な為、服飾店に入る勇気がなく、地味でオタク女っぽい恰好のまま、大学3年の就職活動の時期に突入しました。

 就職活動のときになると、どんなおしゃれな女の子でも地味な黒いリクルートスーツで街中を歩いているのですから、化粧のうまい下手をぬくと(当時の私は、適当にファンデーションと口紅だけを塗っただけのメイクをしていました)、皆私と同じ外見の子になっていました。そんな恰好のまま、就職活動のウサ晴らしにとリクルートスーツ姿のまま、服飾店で服を物色している子も多く、その姿を見て私は「チャンスだ」と思いました。就職活動の合間にリクルートスーツ姿で、身体を震わせながら私は服飾店に入り、服を物色し始めました。最初は恥ずかしくて店員さんにも声をかけられず、試着してもいいかというひとこともいえず、鏡の前に自分と服を重ねるだけで服を買っていました。しかし、慣れてくるにつれて、店員さんに声をかけるのも平気になり、今では購入前の試着は当たり前になっています。

 化粧に関しては、就職活動終了後に本格的にやるようになりました。最初はドラッグストアの化粧品売り場で、その次には地元の百貨店の化粧品売り場で店員さんに声をかけ、自分に合った化粧品を購入しはじめました。化粧の仕方は店員さんのやり方を習ったり、おしゃれ雑誌やネットで研究しました(服飾に関しても、Rayなどのおしゃれ雑誌はかかせませんでした)

 こうした苦労の末、前回の記述通り、現在の私は外見は普通の女の子になることができ、周囲からも「変わった」「綺麗になった」といわれるくらい変わることができました。




・現在のHさん

 そして今年から、私は一社会人として小さな設計会社で働くことになりました。しかし、今度はなかなか仕事に慣れることが出来ずに、適応障害を伴った欝病にかかってしまい、好きだったアニメを見ても気が晴れず、あまりの辛さに会社の近くの公園で自殺を図ってしまいました。幸い、命に別状はなく、現在は休職しております。



 ・シロクマ注:

 “女性の脱オタは進学や就職を期に進む”という話は、こういう意見をはじめ色々聞かれるわけですが、Hさんにおいても例外ではなかった、ということでしょう。それにしても、就職活動のスーツを使って服を買いに忍び込む、というのはまた考えましたね。服が揃っていないうちには、これはなかなか上手い戦術だと思います。脱オタに使えそうな服を売っている店は、しばしば独特の空気を漂わせていることが多く、オタク然とした恰好で行くと気後れしてしまいがちですが、男性大学生の脱オタケースの際も、リクルートスーツ着たまま帰りにパルコ等に寄っていけば案外やりやすいかもしれませんね。

 ファッション面に投資し、所謂脱オタを推進したHさんは、服の購入や化粧について大幅なスキル向上を達成し、積年の遅れを一気に取り戻すことに成功しました。しかし、脱オタは常に犠牲を伴うものです。もし、オタク趣味がHさんの楽しみであり、Hさんがストレス少なく適応できる避難場所であったとしたら、それを失い、しかも労力を要する新しい場に溶け込んでいくことは相当余裕のない事だったに違いありません。脱オタによってHさんは社会に適応していく技術を沢山身につけましたが、神経の芯まで強化したわけではありません。まだ慣れぬ仕事を、避難場所抜きでサバイブしていくのは容易ではなかった筈ですし、事実Hさんの神経は破綻を来してしまったようです。…とはいえ、女性の場合は男性以上に、服飾やら化粧やらコミュニケーションやらのスキルを就職後に強制されがち(それも、異性と付き合うか付き合わないか以前のレベルで!)なことを思うと、Hさんは遅かれ早かれこの試練に直面したのではないか?とも考えられます。ある種、女性オタクが新しいフィールドに出るたびに脱オタしちゃうのも無理ありません。新しい社会的状況に移行するたびに、女性は否応なく“見た目や非言語コミュニケーションを厳しく問われる”のですから。男性オタのように、「特定の大学や特定の職種を選べば大丈夫」なんて事があまり無いのが女性オタク達の背負った宿命です。開き直った女性オタクに与えられる地位が“白鳥になれない醜いアヒルの子”である事を、彼女達は痛いほど知っています。現在日本のジェンダー的様相は、彼女達を(よくある男性オタ達のように)開き直ったオタクとして生きる事を強力に拒みがちじゃないかと私は思っています。

 脱オタ(即ち、コミュニケーションスキル/スペック強化の為の試み)する事によって得られるもの・脱オタする事によって失われるもの・脱オタしてもあまり変わらないもの・そして脱オタせざるを得ない状況。Hさんのケースは、“ただ脱オタしてスキルとスペックさえ磨けばいいじゃないか”というほど話が単純ではない事を教えてくれていると思います。とはいえ、やはりコミュニケーションにまつわるスキルやスペックは世渡りしていくうえでどうしても必要になる場面というのはあるわけで、Hさんが手に入れたものは無意味なものでも無駄なものでもないとは思います。ただし、メンタルのエネルギー配分上限界があった事を今回の発病が警告しているとするなら、それら折角手に入れた諸技術とコミュニケーションを使う際のエネルギーバランスや、息抜きの仕方については、再考しなければならないのかもしれません。

 ※本報告は、Hさんのご厚意により、掲載させて頂きました。今後、Hさんの御意向によっては、予告なく変更・削除される場合があります。ご了承下さい。