――――――――――――――――――――――――
弱いヤツは、何も手に入らなくて当たり前。
◇ ◇ ◇
「祝福を! あーっはっはっは!!」
◇ ◇ ◇
レンは、あの酒場にもう一度足を運んだ。この前はマー達に連れられるという形だったが、今日は一人きりだ。入り口のドアの前でしばし逡巡する。やはりやめようかと回れ右したところで、強面の兄ちゃんにぶつかってしまった。
◇ ◇ ◇
弱いヤツは嫌いだけど、卑怯なヤツはもっと嫌い。
◇ ◇ ◇
今一番欲しいものは、ビアンカの笑顔。それを手に入れるために、私は強くなる。魔王だろうと、魔神だろうと知ったことか。あの子をいじめるヤツは、誰だって許さない!
「まちがえないでいえること」
父親がいつも言っていたことでもあるし、私自身も、そう思う。
だから私は強くなりたかった。私が欲しいものを手に入れるために。
そして、私の力で手に入らないようなものは、欲しがらなかった。
それが、面白おかしく暮らしていく「コツ」であると、ずっと思っていた。
レン・サリューズは、マー・ゴ・ジョーから初めてその話を聞いたとき、耳を疑った。ビアンカが、あのビアンカがそんなことを言うなど、そんなことをするなど、信じられなかった。
まだ盗賊騎士団に入隊して間もないレンは、ビアンカの複雑な生い立ちを知らなかった。お偉いさんの、ちょっとおおっぴらにできない子供、その程度に思っていた。少し跳ねっ返りなところも、気まぐれなところも、猫みたいで好きだった。それよりなにより、ビアンカの笑顔が一番好きだった。だから、決して稀ではない自分のドジを笑われても、まったく気にはならなかった。お腹を抱えて笑うビアンカを見ていると、道化師になろうとする連中の気持ちも分かる気がした。
でも、あの河原で笑われて以来、ビアンカを見ていない。幸いなのは、最後の記憶が笑顔だということ。ケンカ別れしたままなら、とっくにどうかなっていたかも知れない。あの笑顔にもう一度会うためなら、何でもする。自分はナナートに仕える身ではあるけれど、当のナナートがどこかへふいといなくなってしまったのだ。守るべき主を一時的に鞍替えしたって、罰は当たらないはずだ。
「おう、お姉ちゃんよう、入るなら早く入ってくんねえかな」
「あ、ははは、はいっ!」
半ば押し込まれるような形で酒場に入る。まだ日も完全に暮れてはいないから、客の数もそう多くはない。きょろきょろと辺りを見回してから、とりあえずカウンターに座る。
「注文は?」
マスターが訊く。レンは酒をほとんど飲めないし、そもそも何かが飲みたくて来たわけではない。
「え、っと、それじゃザクロジュース」
思わず口をついて出たそれは、ビアンカの好物だった。すぐに出されたコップに一口つける。少しだけ酸っぱくて、ほんのりと甘い。
でも、いつまでも味わっている場合じゃない。レンは意を決して、席を移動した。宝剣の噂を、少しでも多く集めなければ。
ビアンカのことはいい。ビアンカのことは、その辺の連中が知っている程度のことだったら、むしろレンの方がよく知っている。それに、今はマー達が探しに行っているはず。心配は心配だけれど、自分には自分のすべきことがある。
覚悟を決めて乗り込んだ酒場ではあったが、大した情報は得られなかった。今は亡き父親が宝剣についてあーだこーだ言っていたよな気もするが、聞き流してしまって覚えていないことを悔やんでも後の祭り。
これで残る選択肢は法王に直接会うだけとなってしまったが、根回しとか下調べといったものが苦手なレンにとっては、そういう直接的な方法の方がやりやすかった。
家に帰り着いて、立てかけてある槍を見る。槍は、レンが人に誇れる唯一のものだった。盗賊騎士団の一番槍、とまでは言わないが、いつかはそんな風に呼ばれるようになりたいと思っていた。
「ふむ、ぼちぼち刃もこぼれてきたなぁ。そろそろ研ぎに出さなきゃだねぇ……そうだ!」
ぽんと手を叩く。そういえば、宝剣ロサ・クリムソンはビアンカに砕かれ、粉々になったはずだ。伝説の宝剣とはいえ金属には変わりないはず、それなら……。
「明日会えたら、譲ってもらえるかどうか、お願いしてみよっと」
具体的な考えがまとまったせいか、レンは気持ちよく眠りについた。
「卑怯だろうと何だろうと、最終的に笑った者の勝ち。正々堂々と戦うことに何の価値があるか」
そんな風に言う奴の気が知れない。
フルースの代理人とはいえ、レンはシヅルからの信用を得て、宝剣の欠片を託されたのだ。それを奪われてしまったら、レンはその信用を裏切ったことになる。新米といえど近衛兵士の端くれであるレンにとって、それは許し難いことだった。
だから、追う。追いかけて、捕まえて、取り返す。あんなこそ泥にかかずらっている暇なんて無いのに。取り返して、最高の鍛冶屋に持って行って、最高の槍を仕立てるのだ。