予感
「ちょっと、リク!」
紫色の妖精に怒鳴りつけられて、狼の毛皮を頭からかぶった少女──リクはふと我に返る。
「あぅ、リトゥエちん、どうしたれすか?」
リクは少し照れた風にえへへと頭を掻きつつ、妖精──リトゥエを見た。リトゥエは両手を広げ、やれやれとかぶりを振った。
「どうしたって訊きたいのは、こっちよ。あなた最近、ちょっとおかしいんじゃない? ボーっとしてるのはまあ前からそうだけどさ、全然人の話を聞いてないっていうか、魂がどこかにお散歩しちゃってるっていうか……」
適当な言葉が思いつかないのか、リトゥエはごにょごにょと口ごもり、とにかく、と手を叩く。
「とにかく、もう少ししゃきっとしなさい、しゃきっと。次はどこに行くの?」
「次……れすか?」
ビシィと人差し指を突きつけて決めたつもりが、リクのとぼけた疑問形に拍子抜け。
「まさか、何も考えてないとか?」
「えへへ」リクは脳天気に笑う。「ちょっと訊きたいんれすけど、今リクはどこにいるんれすか?」
リクの照れ笑いに、リトゥエは鳩が豆鉄砲。
「ちょっ……リク、本気で言ってるの!? いい加減にしないと私も怒るわよ!」
小妖精の剣幕に、狼の毛皮をまとう少女は、ただでさえ細い目をさらに細くして首をすくめた。
「ごめんなのれす、でも、リクは本気れすよ」
少女のすまなそうな表情に、リトゥエは嘘や冗談を見つけることができなかった。そもそも、リクはくだらないことは言うが、くだらない嘘はつかないのだ。
リトゥエは深い深いため息をつき、それから腰に手をあてて少女を見下ろした。
「……今私たちは、山都ガレクシンにいるわ。もう《刻印》は全部集まっているから、これといった目的は──少なくとも私にはないわ。リクが行きたいところがあるなら、どこでもいいわよ。いつかみたいに、ペンぐるみと交換するためのギザリーミルを探すってのもアリかもね」
キャディーのような助言に、リクは人差し指を口元にあてて唸る。
「んー、ぺんぺんさんもいいれすけど、ギザリーミルを探すには、ちょっと時間が足りないのれす……」
「時間? 何を言っているのよ。時間ならいくらでもあるじゃない。なんだか隣の国への交通路が開発されたらしいし、そっちに行ってみるのも面白いかもよ」
新たな冒険に想いを馳せる小妖精、しかし少女はにははと力無く笑う。どこか哀しそうに。
「リクは、ずっとここにいたかったのれす」
「いたかった、って、なに過去形で言ってるのよ。リクがここにいたければいてもいいんだからね。私は、リクについて行くだけだから。
……ねえ、リク、私に何か隠してる?」
不審な言動に、リトゥエが問いかける。しかし、リクはふるふると首を横に振った。
「じゃあ、とりあえずルアムザに行くのれす。リクは美味しいものが食べたいのれす」
答える代わりにそう言って、両手を大きく振って歩き出した。しばらく呆然としていたリトゥエも、ゆっくりとそのあとを追う。
「……食欲はいつも通りみたいだし、まあいっか」
暖かい光が地表を照らし、浮かぶ水蒸気が白い雲になり、遙かに連なる山脈へと流れていった。
その真下で、狼の毛皮をまとった少女と、紫色の小妖精がのんびりと旅をする。