天狗
「天狗なんて、ただの死に損ないじゃない!」
彼女は激昂した。彼女は短めの茶髪を小さなヘアバンドでまとめ、薄く青みがかったセーラー服姿の、一見普通の少女だった。彼女が普通の少女と違うのは、その背には大きな羽が生えていたこと──それも、黒色の。
「ちょっとちからがあるぐらいで、前の私より全然何もできない!」
少女の怒声に応えるように、その背で羽が揺れた。緩やかな曲線を描くそれは、力無く垂れているようにも見えたし、怒りに震えているように見えた。
「君がそう思うんなら、たぶん君はその程度の天狗なんだろうね」
少女に相対するのは少年。幾分幼さは残るが、整った容姿は美少年と呼ぶに相応しく、切れ長の青い瞳には威厳すら備わっている。そしてこの少年の背にも黒色の羽があった。太陽の光を浴びてなお闇色は深く光を飲み込む。
「なによ、あなたが私を天狗なんかにしたんじゃない。頼みもしないのに」
「でも願っただろう? 生きていたいと。トラックに跳ね飛ばされ、薄れていく意識の中で、あんなにも強く」
公園のベンチに腰掛けたまま、少年は悠然と答えた。少女はスカートのすそを両手で握りしめ、言葉を失った。あう、とか、むぅ、とか、意味をなさない声の断片だけが少女の口から漏れ出た。
「僕は僕にできるやり方で君を助けたに過ぎないよ」
「助けたなんて恩着せがましい言い方をしないで。あなたはあたしを利用しようとしているだけじゃない」
「まあ、確かにそうだけれどね。でもね、君にとってもそう分の悪い賭けじゃないと思うよ」
「ふん、どうだか」
少女は腰に拳をあてて鼻を鳴らした。
「もういいわ、あなたにはもう期待しないから」
「そうだね。そうしてもらえると僕も助かる」
少年は悪戯っぽくクススと笑い、少女の神経を逆撫でした。
「そうやっていつまでも訳知り顔で笑っていればいいのよ」
少女は言い捨てて、歩き出し──背の羽をはためかせて舞い上がった。あとには小さなつむじ風と、それによって巻き上げられた砂埃だけが残り、それらが静まる頃には少年の姿も消えていた。