解ってるって
──病院の匂いは好きじゃない。ずっと前、怪我をして大事な大会をフイにしたことを思い出すから。できれば二度と来たくなかった。自分の怪我でも、他の誰かの怪我でも。
待合室のドアのガラス越しに見える少女は右足にギプスを巻いて、ベンチに腰掛けていた。俯いて、ギプスをじっと睨み付けていた。幸乃がドアを押し開けると、からころとベルが鳴って、少女が幸乃を見た。
「笑いなさいよ」
トゥーリは幸乃を見るなりそう言った。彼女は怒っていた。幸乃に、じゃない。それくらいは幸乃にもわかっている。
「迎えに来たわ」
幸乃は、ただそう言った。車のキィを手に。
「可笑しいんでしょう? 笑いなさいよ。偉そうにしてる私がこのざまで、いい子ちゃんしてるアンタは大活躍で、笑いが止まらないんでしょう?」
腕を振りかぶりを振り、トゥーリは続けた。幸乃は暫く唇を噛み締めてから、言った──言おうとした。しかしトゥーリは言葉をかぶせる。
「気休めなんて言わないわよね? 私の気持ちが解るなんて、つまんないこと言ったらぶっ飛ばすわ」
右手を握りしめたトゥーリの言葉は、おそらく本当だった。けれども幸乃に言葉を飲み込む必要はなかった。
「私は笑わない。あなたの考えていることなんて解らないけど、あなたのしてきた努力は知ってる」
その言葉に、トゥーリは目を丸くした。これだけ気持ちを表に出せたら、それもまた楽しいのかもしれない、幸乃は思った。
「勝てないことは悔しい。負けることは嫌い、引き分けもいや。私が考えているのは、それだけよ」
幸乃はそう言って、トゥーリに手を差し伸べた。
「本番までに治して頂戴」
トゥーリはニッと笑って、その手を取った。
「アンタの考えてることなんて、言われなくても解ってるって」