── 鳥養庸子報告 ──
春を先取りしたようにうららかな陽気の日曜日、天王山の麓にたたずむ「アサヒビール大山崎山荘美術館」に行ってきました。大正から昭和初期にかけて、ある実業家の私邸として建てられた英国式の山荘は、時をへて、今では誰もが気軽に訪れることのできる美術館として生まれ変わっています。
息をはずませながら急な坂道を登りきったところに、突然あらわれる古い立派な洋館。「私は誰?ここはどこ?」、気分は昭和初期のセレブになって、いざ建物のなかへ。木のぬくもりを感じさせる重厚でかつ繊細な装飾をほどこされた内装にもうっとりしながら、まずは学芸員さんから、美術館にまつわる歴史や物語、建物や庭の見所や特徴、今回の展示の概要についてなどの説明をお聞きしました。 |
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ちょうど本館では「前田正博色絵磁器展」、そして敷地内にある安藤忠雄設計のコンクリート打ちっぱなし建築の新館では「ラブ?レター展」と名付けられた現代作家と巨匠とのコラボレーション展がおこなわれていました。
まったく趣の異なるふたつの建物と作品展、わたしたちは3〜4人でひと組みになり合計10組に分かれて、作品を鑑賞したり、建物の内部を探検したり、庭を散策したり、見晴らしのいい2階のテラスでコーヒーを飲みながらくつろいだり、古い円盤式のオルゴール演奏に耳を傾けたりしてそれぞれが思い思いに時間を過ごしました。 |
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「前田正博色絵磁器展」は、クレヨンの箱から好きな色を選んだような軽快な配色で、皿や鉢や壷などに単純化された植物や鳥や幾何学模様が、リズミカルにすっきりと描かれたとても明るい作風の磁器展でした。
椰子の木と月や島、じっと遠くを見つめているような森に棲むフクロウ、ヒヨコの行進、色違いの小さな幾何学模様の組み合わせなど、つや消しの金や銀で重要なモチーフが描かれたり、器の外と中には違った絵が描かれているものもあり、ひとつひとつに夢や童話の世界がひろがっているようでした。
大きさやカタチを表わすのに「10人前くらいの素麺がはいりそうな鉢」とか「繰り返し椰子の木がモチーフとして使われていてこの作家は南国に憧れているみたいね。」とかいろんな会話が飛び交ったようです。偶然でしたが陶芸に造詣の深い参加者も多く、専門的な会話でもりあがったグループもありました。
「ラブ?レター展」では、ピカソやモネなど超有名な芸術家たちの作品に捧げる日本の女性現代作家たちの作品が横にならべて展示されていましたが、正直彼女たちの気持ちを推し量ることがむずかしくて、みなさん鑑賞にもとても苦戦されていたようです。
たとえばモネの睡蓮や日本の橋が描かれた絵の横には、イチハラヒロコという作家の作品で「大学出たら一人前」「就職したら一人前」「結婚したら一人前」などなどの言葉が、そして最後には「いったいおまえは何人前」という問いかけの言葉が書かれた30センチ四方くらいのキャンバスが一枚ずつ等間隔に並べられたものがありました。
モネの「日本の橋」は、タイトルを見ないと何が描かれているのかもわからないような、ぼんやーりとした油彩画です。日本庭園に小さな木製の橋でも架かっているのでしょうか、手入れもされず、雑草の生い茂った庭の一角のようにも見えます。全体にもやがかかったようなモネの絵と、白黒はっきりした活字だけが書かれたキャンバスが並べられた若い女性の作品は、あまりにも異質同士でほとんどのひとが「???」となっていました。でも、そこからが私たちの鑑賞の真骨頂を発揮できる場面です。 |
モネ作「日本の橋」 |
本館から新館へ続く階段 |
新館、モネの睡蓮展示 |
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「巨匠と呼ばれるモネのなかでも特にぼやーと描かれた絵に対し、『いったいおまえは何人前なんだ』と、モネに対する疑問のことばを発しているのだろうか。」とか、「もやがかかって何が描かれているのかよくわからない絵を、いつまでたっても自分をみつけられない人生と重ね合わせているのかな。」とか、「全体にぼんやりとしてさびしい雰囲気のする絵だそうだが、橋の欄干のあたりからオレンジや黄色の光が射しているという言葉を聞いて、なんだか自分の人生にも希望を見出せるんじゃないかという気持ちになった。『いったいおまえは何人前』という言葉とこの絵との間に、もう一枚のキャンバスを置きたいな。」とおっしゃった方もおられました。
他の作品からも同じように、巨匠と現代作家とのコラボレーション作品は、いろんな角度から見たり、考えたり、こじつけたり、ひらめいたりと、苦しみながらもグループのメンバーが力を合わせて、作品の向こう側にある何かを感じ取ろうとする一体感を味わえたのではないかと思います。
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最後に休憩所で集まって、感想を話したり報告をし合いました。面白かったのは、前田正博展派とラブレター展派とに分かれたことです。作品自体はあまり追いかけず、建物のなかで優雅に過ごし、「華麗なる一族みたいやな。」とおしゃべりしていたというグループもありました。
今回は初参加の方も多く、老若男女、いろんなひとたちが集まり、最初は緊張の面持ちが見受けられましたが、帰るときには、みんなこの小さな美術館で思い切り遊んだね!という生き生きした笑顔になっていたのが印象的でした。
※このページ中の画像で、作品単独の写真および建物の写真は、アサヒビール大山崎山荘美術館の許可をいただき、ホームページよりお借りしたものです。
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