── 鈴木ともこ報告 ──
毎年、ワークショップの時に何をテーマにしようか?と悩みます。
今年は…と考えていた頃に、なぜか「朗読」を聴く機会が何度かありました。
「朗読」という言葉が引っかかり、次第に膨らみ始めて「よし、このテーマでいこう!」と決めたのですが、読み人のことを何も考えずにいました。
ところがこれも何かのご縁かも知れません。ワークショップの詳細が決まる頃に、今回の朗読をして下さった馬場さんをご紹介いただき、朗読をしていただくことになりました。快く引き受けて下さった馬場さん、本当にありがとうございました! |
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さて、そのワークショップの内容は、 |
1: |
朗読(馬場精子さん)/作品:ミヒャエル・エンデ『鏡のなかの鏡ー迷宮ー』
「貴婦人は馬車の窓の黒いカーテンをひいて、たずねた。」 |
2: |
物語の内容についてグループで話し合い |
3: |
制作(ラインテープ) |
4: |
制作(絵の具) |
でした。
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今回のワークショップ、実は私自身が見たいものがありました。それは「物語」と「朗読」と「絵画」がどう繋がっていくかということです。朗読される作品があり、それを朗読で表現し、またそれを聴いて絵画にする。しかも絵は3人一組のグループで、コラボレーションして一枚の絵を描きます。まったく違う形式の表現同士がどう関係し合うのか?
もしかしたら、相容れないものなのか?
それとも今までなかったものになるのか?
加えて、ワークショップという限られた時間の中にあっては、その場の全てが上手く混ざり合わないとチグハグなものになってしまうのだろうな…私も全体を良い方向へ進めていけるのだろうか?
と少々の不安がありました。けれど、さすがにビューのワークショップです!
参加者のみなさんの作品に向かう意欲や集中力はぐんと高く、私もそれに押されるように進めていけました。
ワークショップの力はそこにいる人々の力だと感じます。
ではここで、まずは「物語」のことを…
ミヒャエル・エンデのこの作品はタイトルの通りに、読んだ人をどこか謎めいた迷宮に迷い込ませてしまうところがあります。受け手によって印象や解釈が違うのではないか?と思うからこそ、この作品を選びました。それが3人のコラボレーションで絵を描くおもしろさに繋がると。
そして「朗読」ですが、私は今まで、生でプロの方の朗読を聴いたことがありませんでした。
「音読」ではなく、「朗読」ということの奥の深さ。エンデの作品を何度も読み返していた私ですが、馬場さんの悠々とした語り口と間が、不思議な物語の世界に導いてくれ、その舞台にいるような空気感。
朗読は物語の中へ誘ってくれ、聴いているその時間と場を声でつくる表現だと、あらためて感じました。
この2つの表現を受けて絵画での表現。まずは朗読を聴いた後にグループでの話し合いから始めました。
どんな言葉や場面が印象的だったか、イメージしたものやイメージした色などをメンバーそれぞれが語り合ってまとめ上げてもらうのが目的です。
グループごとに話し合いは様々に方向転換していきます。作者は何を言わんとしているのか話している内に哲学的な言葉が飛び交っていたり、文に出て来た言葉から思い出したように「こんなことがあって…」と和やかなムードのグループ、いったいどうしたものだろう?と思い悩んでいたグループもありました。
まとめるといっても年齢も経験も違う、今日会ったばかりのメンバーです。
それぞれに解釈の違いがあって当然なのでどうなるかな…とも思っていましたが、いよいよ作品制作の段階ではラインテープの線も大胆に引かれ、またアクリル絵の具での彩色も迷いのない筆使いで驚くほど順調に仕上がっていました。 |
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作品タイトルが各グループの絵を物語っています。画像も合わせてご覧下さい。 |
「メビウス」 阿部・宮沢・亀井 |
「混沌のかなたへ」 川上・山川・大塚 |
「断片的な不安」 早乙女・光島・西谷 |
「夜明けのカーニバル」 大向・丸山・松原 |
「断片から融合」 高内・米田・高鍋 |
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今回、3つの表現がどのように関係し合うのかを知りたいという思いからテーマを選びました。
エンデ作品の世界を馬場さんの朗読が表現し、それを受けて色や形に表現するというのは、一方向の矢印ではなく、描かれた5枚の絵を観て、更にエンデの物語の解釈が広がり、朗読の響きを思い返しながらまた絵を観ると、互いに結びついていると実感しました。
「物語」「朗読」「絵画」に限らず、人と人同士でも互いに刺激しあえる存在があることで、何かが生まれる!!3人のコラボレーションで描かれた絵は、この時とこの場でしか生まれないものであり、二度と同じものをつくることができないからこそおもしろい!
ものを創る、描くことを楽しみ遊べる場をこれからもつくりたいと思いました。
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