Word of magic that brings luck


 

「一つ目の箱」 

 

長いイスラエル旅行から戻り、自分のアパートに着いてかぱんを開けますと、箱が二つ出てきました。「ああ、あのおばあさんから頂いた箱だ。何が入っているんだろう? だけど今、開けちやいけないんだよなあ〜」そう思い、箱を本棚の上に置いたんですね。
それから半年くらい経ち、僕の二十七歳の誕生日がやってきました。学生生活最後の年の誕生日です。
「今日は俺の誕生日。そうだ、おばあさんから頂いたあの箱、開けなきゃ」本棚を見ると、大きい白い箱と、小さな黒い箱がありました。どっちにしようかなあ・・・僕はどっちかというと、いつも大きい方を選ぶ癖があるもんですから、軽いけど大きい箱を選んじやいました。まあ、それなりに軽い物が入っているんだろうなと思って開けたのですが、「あれ?」意外にも何も入っていませんでした。何も入っていないような軽さではないと思っていたんですが、実際、開けたら空だったということです。変な話ですよね。別に、気味が悪いというより、おぱあさん、何かを入れるのを忘れたのかなあと思いました。だって、「開けたら分かるわよ」と言ってましたからね。でも、これじゃ分かんないよ。おぱあさん、それはないでしょう。という気持ちでしたね。まあ、とはいえ、それはそれで終わ
りでして。もう一個の小さい箱は重量感がありますので、空ということはありえません。絶対に。
それから半年くらい経ったある日のこと。寝ているときにおぱあさんの夢を見ました。どんな夢か具体的なことは何も思い出せないのですが、とにかくニコニコしたおぱあさんが夢の中に出てきたわけです。その後、真夜中にもかかわらず目が覚めて眠れなくなり、ガバッと起きてしまいました。それまで、もう一つの箱についてはあまり関心がなかったのですが、「あの黒い箱には、いったい何が入っているんだろう?」と、急に好奇心が出てきましてね。ますます眠れなくなりました。「約束を破ることになるけど、思い切って開けよう!」急に胸がドキドキしてきました。無意識に部屋の中をキョロキョロと見まわして、誰もいないことを確かめました。一人住まいだから、誰もいるわけ
ないのにね。それだけ妙な緊張感が高まっていたんです。そして、ベッドを離れて本棚のところに行きました。
そしたら、「あれっ?」本棚を見ると、箱が見当たらない。どこに行ったんだろう?そうか、本棚の後ろに落っこちたのかなぁと思って、本棚をずらして後ろを見たんですが、ない。「そんなバカな。どこに置いたんだよ」部屋中、あちこち探し回ったんですが、どうしても見つからない。ますます気になりますよね。
「オレが約束破って開けようとしたから、おばあさんがどこかに隠したのかなあ」なんて変なことを考えたりしてね。そう思えぱ思うほど気になっちやって、結局、朝まで探したんですね。でも、どこにもありません。胸がますますドキドキしてくるし、これはやぱいぞおと思って、怒られるのを覚悟で、イスラエルのおぱあさんのところに電話したんですね。電話事情が悪いせいか、なかなか通じにくかったんですけど、何回目かにようやく通じました。そしたらおぱあさんの息子さんが出てきまして、なんと、おばあさんは三ヵ月前に亡くなっていたそうなんですね。

「いや〜、そうだとは知りませんでした。あの〜、ご承知かもしれませんけど、おばあさんから別れ際に箱を二つ頂きましてね。
誕生日に開けてと言われましたので、一個目を開けたら、空だったんです。それで、もう一つ・・・」と僕が言った途端に、その息子さんは、「あんた、開けようとしただろう?」
「えっ」
一瞬、心臓が止まるかと思いました。息子さんは、続けて低い声で、「誕生日が来る前に、開けようとしただろう?」
僕は、震えちゃってね。声が出なくなりまして。こういう場合、どんなことを言ったらいいのでしょうね。それから向こうの方も、僕と同様に何も言わなくなったんですよ。お互い黙り込んでしまった・・・。といっても、これは僕からかけた国際電話ですからね。高額の通話料がどんどん飛んじゃうわけですよ。「何かしゃべらなきゃ」と思うのですが、何も言葉が出てこなくってね。何か言ってよ〜と思いながらも、沈黙が続きました。
それでも勇気を振り絞るように、恐る恐る、「だ、だ、だけど、あの箱には何が入っていたんでし
ょうね?」と白々しいことを聞いてみたんですね。そしたら、その息子さん、気になる事を二つ言いましてね。
一つは、「恐らく、うちのお袋が一番大事にしていたものでしょうね」
二つ目、「大丈夫、必ず出てきますよ」
「えっ、でも、いくら探しても見つからないんですが」と言うと、
「いや、出てきますよ。もしかすると、あなたの誕生日に」
そして三つ目、「それは、あなたに幸せをもたらすものでしょう」
英語でのやり取りですから、多少ニュアンスが違うかもしれませんが、多分このような意味だと思うんですね。息子さんから聞いた言葉の意味はそれぞれ分かったのですが、どうもその三つの言葉の繋がりが理解できません。とにかく、電話はそうした会話で終わりました。これは十二月の話なんですが、一月、二月、そして三月には、僕は大学から学位を頂きまして、ようやく就職。大手化学会社の長野県の事業所に配属となり、そこの独身寮に荷物を移すことになりました。
三月の下旬に、それまで住んでいたアパートを引き払うためにどんどん荷造りして、部屋のあちこちを掃除しました。一所懸命掃除していると、どこからか黒い箱が出てくるのではと少しは期待したんですがね。残念ながら、どこにもありませんでした。
それから会杜の寮に移りまして、それが四月。そして五月、六月となりました。僕の誕生目は七月なんですね。六月に、以前住んでいたアパートの近くに住む、親しいおぱさんから電話がかかってきて、「五日市君、元気? まだひとり?」と言うので、「うん。独身だよ」と答えると、
「素敵な女性がいるんだけど、会ってみない? ねっ」
と、びっくりするようなことを言ってきました。
「へえ〜、いいねえ」
早速、週末にその女性に会いに豊橋まで行くことになりました。車で高速道路を使って三時間くらい。ワクワクしていたせいか、その時間はとても短く感じられました。
そして豊橋に着いて、そこで会った女性が、まあ、結果的には今の妻なんですね。その時、初対面だというのに、とても話が合いましてね。こんなに話が合う女性は初めてだなぁ〜と思いました。「それじゃ、また来週も会おうか」ということで、また次の週末も豊橋まで行って、彼女に会ったんですね。それで、あまりにも楽しかったもんだから、「結婚しようか」と言っちやいました。早々と。そりゃ〜相手は驚きますよね。こんな感じで、一応、形の上ではプロポーズしたんですけど、返事はもらえませんでした。当然ですよね。そして、次の週、僕の誕生日が来ました。

 


二つ目の箱 に続く

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