それは、とても大きな夢。 実現するに難い けれど、皆があたりまえに願う事。
Dream.
「まだ死ねない。」 それは誰に向かっていった言葉だったのか。 聞く者もいない静かな廊下にそれは溶けて、そして消えていく。 「死ねない。」 飽きることもなく何度もそれは繰り返されて、その度にやり場のない感情は増していった。 「まだっ、死ねないんだ。」 「当たり前だろ。」 不意に後ろから声が掛かる。 「……っ?!」 驚いて振り返ると、そこにはカガリが立っていた。 「お前、さっきから何言ってるんだよ?」 怪訝な表情のカガリ。 いつからそこにいたのか。 俺は、気付きもしなかった自分に自嘲した。 「私達が死ねないのなんて当然だろう? だって私達はそれを望んでない。 だから、生きて……生きて私達はこの世界の行く末を見届けなければならないんだ。」 言の葉に込めた願い。 それはどこまでも気高く美しい。 カガリの性格を反映したその言葉は、強い力を持つ眼差しと共に俺の心に残った。 俺は父の後を継ぐようにと小さい頃から教育されてきたが 本当はカガリのような人こそが人の上に立つに相応しい人間なのだと思う。 言葉一つが幾千万もの人々の心を動かす。 命令されるのではなく自らそうしたいという心を人々は持つのだ。 決して難しい言葉ではない。 時に矛盾したりすることもあるだろう。 けれど、カガリやラクス、キラの言葉は 確かに心に響いて波紋を広げ、周囲を動かす力になる。 ――― 何と戦わねばならないのか。 ――― 殺してっ! 殺されてっ! それで最後は平和になるのかよ!? ――― 一緒に、行こう。 浮かんでは消えていく幾多の言葉。 俺の言葉は、誰かに届いただろうか。 滅ぼすだけでは駄目なのだといったその言葉は 父に……プラントの人々の心に、少しでも何か感じさせることができたのだろうか。 ……今となってはもうそれは分からないけれど。 ひとつだけ分かるのは 死んでほしくないと、死なせたくないと込めた願いはきっと皆同じだった。 誰も死なせたくない。 大切な人たちを守りたい。 それは誰もが当たり前に願うことだから。 俺だって、いくら父上の立場上必要だったからとはいえ、何の思いもなく軍に入ったわけじゃない。 ―――血のバレンタイン。 母を、母に繋がる人々を一瞬で失ったあの出来事は今でも忘れられない。 思想と思想、あるいは利害や文明の争い。 いつだってその被害に遭うのは罪もないごく普通の人々。 戦争は嫌だった。 けれど それ以上に 自分が知っている人たちが死んでしまうのは もっと嫌だった。 だから俺は、戦争は嫌だと言った過去の自分を捨て 戦火に身を投じたのだ。 間違っていようと、自分の周りの人間が死ななくて済むのならばそれでいい。 しかし、それはやがて俺にキラと戦い、殺し合うという道を選ばせた。 大切な人を守るために大切な人を殺す。 矛盾する現実に戸惑いながらも戻ることはできずに戦い続けた。 今は幸運にもキラは生きていて、俺がその隣にいるけれど もし、あの時、俺がキラを殺してしまっていたら……? キラが俺を殺してしまっていたら……? そんなこと、考えるだけでも怖ろしい。 それでも、決してありえない事ではなかったのだ。 殺すか、殺されるか。 ……つい最近までの日常は本当にそんな世界だった。 憎んで、憎んで それでも憎みきれるものでは到底なく ただドロドロとした得体の知れない感情が胸の内に渦巻いて それは、もがけばもがくほど深みにはまり、抜け出すことができなくなっていくのだ。 その点で言えば、カガリのような人間は珍しいのかもしれない。 馬鹿正直でまっすぐな彼女は、いつだって前を見て、進む未来を疑いもしない。 能天気と言ってしまえばそれまでだが、彼女のように当たり前の事を当たり前だといえる人間は 間違いなく今の世界に必要なのだ。 「すまない。」 なんだか悪い方へばかり考えてしまってたようだと、思わずこぼした言葉にカガリは苦笑した。 「………アスラン、お前そればっかり。」 謝ってばかりというカガリに、言われてみれば確かにそうかな、と思う。 父のところへ行くといった時も、心配したというカガリの言葉に答えたときも、俺はいつだって謝罪ばかりだ。 「お前、とにかく謝ればいいと思ってるだろ?」 「そんなことは………」 「お前にそのつもりがなくても、私にはそう感じられるんだ。」 フンッとカガリは鼻を鳴らした。 そんな風に言われると俺はもう返す言葉もない。 というか、そもそも俺には……… 「……わからないんだ。」 「え……?」 「何ていうか、あまり人付き合いが得意な方ではなかったし、 ……こんな時どうしたらいいのかとか、そういう事が俺にはイマイチよくわからない。」 「そう、なのか?」 「あぁ。」 小さい頃の友達なんてキラだけだし、プラントへ上がってからはもっと酷かった。 特定の人と付き合うことをあまりしなくなり、それがつい最近まで続いていたのだから始末におえない。 俺は、情けなくなって、くしゃりと髪をかき上げた。 「とにかくっ! 別に私は謝ってほしいわけじゃない。」 「じゃあ、どうすればいい?」 「もう、一人で行くな。キラも、私も、ラクスも、みんな、みんないるんだからな! あと、一人で考えるのも禁止!! キラもお前も、ちょっといろいろ抱え込みすぎだ!」 私もラクスもいるんだから、と拗ねたようにいう姿がどことなく大切な幼馴染と重なった。 相手が自分を気に掛けてくれているのが分かる。 友達として、仲間として、自分を大切に思ってくれているというのが充分に伝わってきた。 くすぐったいような、嬉しいような、変な気持ち。 でも、不思議と不快ではなくて、俺は微笑んだ。 「そうだな。カガリ、すまな―――」 「こういう時は、“ありがとう”って言うんだよ! ―――ほら、あ・り・が・と・う!」 言いながらカガリはアスランの鼻先に指を突きつけた。 面食らった俺の唇が小さく動いて、呆然とカガリの言葉を反芻する。 「…あり……がとう。」 「よしっ!」 満足そうなカガリに少し戸惑ってから、俺達は顔を見合わせて笑い合った。 今度は、皆で行こう。 一人では無理なこと、できるかもしれない。 何より求めた親友の隣。 きっとみんなが、側にいるから。 【オマケ】 「けどっ! キラは渡さないからな!!」 「は?」 「いくらアスランでもこればっかりは譲れないな」 ……早くも宣戦布告を受けた俺の行く先はやっぱり前途多難なようだ。 Back≪ Top ―――――― dream ◆英語:夢 思うは易く、行なうは難し。 誰もが思い描く夢。けれど、実行に移せるかは当人次第。 ――― アスカガと見せかけて、カガリ VS アスラン(笑。 このシリーズは、これで終わりです。 怖ろしいですね。更新ペースが自分的に快挙です。 あぁ、質より量的になってしまってる感もありますが……。 よろしければ、感想等聞かせてください。 |