それすらももう、届かない願い。








      Wish.                  








「ばっかやろう!」

エターナルを降りてすぐ、コロニー・メンデルで俺はキラ達と合流した。
そして、その時のカガリの第一声がこれ。
言葉と共に飛んでくる拳をよけつつ、俺は力なく笑って見せた。

「カガリ……」

咎めるようなキラの声。ラクスもまた驚いた表情で殴りかかるカガリを見た。

「ちっ!」

避けることは予想済みだったのか、カガリはくるりと壁に手をつき体を反転させると再び俺の方に向き直った。
腰に手を当て、ふんぞり返って非難してくるけれど、それでもちゃんと俺の無事を喜んでくれているのがわかるカガリはいいヤツだ。

「地球軍のシャトルで、しかも正面から敵の中に突っ込もうなんて普通じゃないよ。お前は。」

溜め息をつくように言って呆れるカガリに俺は小さく肩を竦めることで応える。

言われて見ればその通りだ。
俺だけの力では、再びここまで戻って来るのは不可能だった。
ラクスがまだプラントに留まって機を窺っていたことは意外だったけれど、その協力がなければ俺は再び父の元に戻されるか、殺されるかのどちらかだっただろう。

「まぁ、無事帰ってきたからいいけどさ。心配っ……したんだからなっ!」

隣のラクスが小さく頷き、キラもまた何か言いたげな視線を負傷した俺の腕に向ける。

「すまない。でも……」

まだ、父を信じていた。

「俺は、父を信じたかったんだ。」

なのに。

返されたのは冷たい銃弾。



ラクスは痛ましそうに俺を見た。
カガリは目を逸らし、キラもまた苦しそうに眉根を寄せる。

父、というのはこのメンバーにとっては微妙な言葉だった。
カガリはオーブで父親を失い、今なおその悲しみから完全には立ち直っていない。

そんな意味で言えば、キラの両親は健在だ。
しかし、ウズミが言った言葉の意味が分からない今、キラにとっても親の問題は
ひとつの不安要素となっているのだろうという事は容易に想像がつく。

そして、俺もまた、父を失ってしまった。死別ではなく別離という形で。

さらに、この時すでにラクスの父―――クライン前議長は父の手先によって暗殺されていた。
それは後になってキラから聞いたことで、ラクスは敢えて俺に何も告げなかった。
それは多分、彼女なりの気遣いだったのだろう。

皆それぞれの心に悲しみと不安を抱えていた。
本当ならこんな話は避けるべきなのだ。

けれど、俺は言ってしまった。
皆の傷を抉ると分かっていて、それでも口にするのを止められなかった。



はっきり言ってもう俺には父が理解できない。
何を考えているのか。
どのような未来を望んでいるのか。
昔から厳格で忙しい人で、親子らしいことなんてしてもらった覚えもない。
けれど、尊敬していた。
プラントのために、コーディネイターのために力を尽くす父は幼い俺にとっても羨望の的だった。

でも

「結局俺は、何も分かっていなかったんだな。」

戦争も、父の思いも、何ひとつ分からないまま
憎しみという感情に突き動かされて、こんなところまで来てしまった。

仲間を失い、親友をこの手に掛け、得たものがあろうか。

間違いなく、答えは否だった。

死んだと―――殺したと思っていたキラと会って、話して、俺はそれを深く実感した。

この道が正しいだなんていえる自信はない。

それでも
間違った信念の元に戦い続けて、全てを失うよりはずっといい。

俺は俺の意思で道を選んだ。
この道が最善であると信じている。
でも、だからといって、それを他の相手に押し付けるのも何か違う。
父は父。分かってもらえなくても仕方がない。

みんなみんな、自らで見て、聞いて、そして選ばなくてはならない。
もしそれが結果的に間違っていようとも、俺と違う道であろうとも、相手を責めることなどできないのだ。
分かり合えて、同じ道を選べたならきっと一番良かっただろう。

けれど、それができなくても、もう俺は立ち止まらない。

少なくともここには、俺の望む人と、望むものが存在するんだ。



顔を上げると、三人が三様、困ったように考え込んでいた。
顎に手を当てて眉間に皺を寄せるキラ。
ああでもない、こうでもないと、ハロをいじり続けるラクス。
あちこち挙動不審に視線をさまよわせるカガリ。
俺は、そこでやっと皆が自分に掛ける言葉を模索していたのだと気付く。

そんな皆の優しさが嬉しくて、自然に笑みがこぼれた。

「ありがとう」

そう言うと思考に入り込んでいた三人が俺に視線を向け、驚いたような表情をした。

「わ、私達は何もしてないぞ?」

焦って言うカガリにラクスとキラも同意して頷く。

「いや。」

言葉こそ発さなかったが、俺の気持ちをちゃんと受け止めて、一緒に考えてくれていた。
……それだけで充分救われてたんだ。

「感謝してるよ。」
言葉を重ねると三人はまだ納得していないようだったが、それ以上の反論はしてこなかった。



「あっ!」

不意に、キラが自分の手のひらをぽんと叩く。

「アスラン」

何かと思えば、突然キラが勢いよく壁を蹴ってこちらに飛んだ。

「おかえり、アスラン」

そう言ってキラが手を前に出す。

……あぁ、そうか。

「ただいま、キラ」

俺もまた承知したというように、自分の手をぱちんとキラの手に合わせた。

巣立ちの時が来たのかもしれない。
父の言葉を疑いもせずただ従う時期はもう過ぎた。
キラがそうであったように、俺もまた自らの道を選んで、ひとり立ちしていかねばならないのだ。

「なんとか、帰ってこれたな」

笑いかけると、同じように返ってくる微笑。
それが今はとても嬉しかった。
そのまま寄りかかるようにキラにもたれて、無重力の中を漂う。
ラクスはそんな俺達に微笑んで、カガリもまた同様に口元を緩めた。

少し前は考えられもしなかった、幸せを絵に描いたような情景。
俺達は、来るべき時の前の……一時の休息を楽しんでいた。








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――――――
wish  ◆英語:望み、願い




父は父。わかってもらえなくても関係を断ち切ることはできない。
期待などしていないつもりだった。
でも、やはり心の奥底では望むものがあったのだろうか……。
諦めたつもりが、まだ少し、ほんの少しだけ期待していた。
……長々続けても仕方がないので、次で終わりです。