伊東静雄「反響」 歸郷者 自然は限りなく美しく永久に住民は 貧窮してゐた 幾度もいくども烈しくくり返し 岩礁にぶつつかつたのちに あ わ 波がちり散りに泡沫になつてひきながら 各自ぶつぶつと呟くのを 私は海岸で眺めたことがある 絶えず此處で私が見た歸郷者たちは 正にその通りであつた その不思議に一樣な獨言は私に同感的でなく 非常に常識的にきこえた (まつたく! いまは故郷に美しいものはない) どうして(いまは)だらう! 美しい故郷は それが彼らの實に空しい宿題であることを 無數な古來の詩の讃美が證明する 曾てこの自然の中で それと同じく美しい住民が生きたと 私は信じ得ない たゞ多くの不平と辛苦ののちに 晏如として彼らの皆が あそこで一基の墓となつてゐるのが 私を慰めいくらかの幸福にしたのである 同反歌 田舍を逃げた私が 都會よ どうしてお前に敢て安んじよう 詩作を覺えた私が 行爲よ どうしてお前に憧れないことがあらう |
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