伊東静雄「反響」
わがひとに與ふる哀歌


    河邊の歌

 
 私は河邊に横たはる
 
 (ふたたび私は歸つて來た)
 
 曾ていくどもしたこのポーズを
 
 肩にさやる雜草よ
 
 昔馴染の意味深長な
 
 と嗤ふなら
 
 多分お前はま違つてゐる
 
 永い不在の歳月の後に
 
 私は再び歸つて來た
 
 ちよつとも傷つけられも
 
 また豐富にもされないで
 

 
 悔恨にずつと遠く
 
 ザハザハと河は流れる
 
 私に殘つた時間の本性!
 
 弧獨の正確さ
 
 その精密な計算で
 さかん
 熾な陽の中に
 
 はやも自分をほろぼし始める
 
 野朝顏の一輪を
 
 私はみつける
 

 
 かうして此處にね轉ぶと
 
 雲の去來の何とをかしい程だ
 
 私の空をとり圍み
 
 山々の相も變らぬ戲れよ
 
 噴泉の怠惰のやうな
 
 翼を疾つくに私も見捨てはした
 
 けれど少年時の
 
 飛行の夢に
 
 私は決して見捨てられは
 
 しなかつたのだ




BACK戻る 次にNEXT
[伊東静雄] [文車目次]