北原白秋
「邪宗門」より 室内庭園 おそはる むろ 晩春の室の内、 ふきあげ 暮れなやみ、暮れなやみ、噴水の水はしたたる…… ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ そのもとにあまりりす赤くほのめき、 やはらかにちらぼへるヘリオトロオプ。 しず わかき日のなまめきのそのほめき、静こころなし。 つ 尽きせざる噴水よ…… う かうぼく 黄なる実の熟るる草、奇異の香木、 がらす その空にはるかなり硝子の青み、 ぐわいくわう 外 光 のそのなごり、鳴ける鶯、 くれがた わかき日の薄暮のそのしらべ、静こころなし。 び ろ う ど いま、黒き天鵝絨の さはり もつ にほい、ゆめ、その感触……噴水に縺れたゆたひ、 はこ す かちいろ うち湿る革の函、饐ゆる褐色、 その空の暮れもかかる空の吐息…… か ふしよく わかき日のその夢の香の腐蝕、静こころなし。 さんがい すみ 三層の隅か、さは わうごん ふち うち と け い 腐れたる黄金の縁の中、自鳴鐘の刻み…… し をとめ ものなべて悩ましさ、盲ひし少女の にほふ あたたか匂ふかき感覚のゆめ、 もや ね わかき日のその靄に音は響く、静こころなし。 おそはる 晩春の室の内、 暮れなやみ、暮れなやみ、噴水の水はしたたる…… ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ そのもとにあまりりす赤くほのめき、 甘く、また、ちらぼひぬ、ヘリオトロオプ。 わかき日の暮るれども夢はなほ静こころなし。 |
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