大手拓次
『藍色の蟇』

球形の鬼

  
  みどり色の蛇


 
 仮面のいただきをこえて
 
 そのうねうねしたからだをのばしてはふ
 
 みどり色のふとい蛇よ、
 
 その腹には春の情感のうろこが
           きん
 らんらんと金にもえてゐる。
 
 みどり色の蛇よ、
 
 ねんばりしてその執着を路ばたにうゑながら、
 
 ひとあし ひとあし
 
 春の肌にはひつてゆく。
 
 うれひに満ちた春の肌は
                 ヽ ヽ ヽ ヽ
 あらゆる芬香にゆたゆたと波をうつてゐる。
 
 みどり色の蛇よ、
     ひつぎ
 白い柩のゆめをすてて、
 
 かなしみにあふれた春のまぶたへ
 
 つよい恋をおくれ、
 
 そのみどりのからだがやぶれるまえで。
 
 みどり色の蛇よ、
 
 いんいんとなる恋のうづまく鐘は
                おひたち
 かぎりない美の生立をときしめす。
 
 その歯で咬め、
 
 その舌で刺せ、
 
 その光ある尾で打て、
           こうきん        た
 その腹で紅金の焔を焚け、
 
 春のまるまるした肌へ
 
 永遠を産む毒液をそそぎこめ。
 
 みどり色の蛇よ、
 
 そしてお前も
 
 春とともに死の前にひざまづけ。