大手拓次
『藍色の蟇』

香料の顔寄せ

  
  香料の顔寄せ


 
 とびたつヒヤシンスの香料、
 
 おもくしづみゆく白ばらの香料、
 
 うづをまくシネラリヤのくさつた香料、
  よる                            テユベルウズ
 夜のやみのなかにたちはだかる月下香の香料、
 
 身にしみじみと思ひにふける伊太利の黒百合の香料、
 
 はなやかな着物をぬぎすてるリラの香料、
 
 泉のやうに涙をふりおとしてひざまづくチユウリツプの香料、
             へんろ
 年の若さに遍路の旅にたちまよふアマリリスの香料、
 
 友もなくひとりびとりに恋にやせるアカシヤの香料、
                                            シプレ
 記憶をおしのけて白いまぼろしの家をつくる糸杉の香料、
 
 やさしい肌をほのめかして人の心をときめかす鈴蘭の香料。