萩原朔太郎
『月に吠える』より

  
  殺人事件


 
とほい空でぴすとるが鳴る。
 
またぴすとるが鳴る。
 
ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて、
 
こひびとの窓からしのびこむ、
 
床は晶玉、
 
ゆびとゆびとのあひだから、
 
まつさをの血がながれてゐる、
 
かなしい女の屍體のうへで、
 
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。

        はじめ
しもつき上旬のある朝、
 
探偵は玻璃の衣裳をきて、
     よ つ つ じ
街の十字巷路を曲つた。
 
十字巷路に秋のふんすゐ、
 
はやひとり探偵はうれひをかんず。

 
みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
くせもの
曲者はいつさんにすべつてゆく。