萩原朔太郎
『月に吠える』より

  
  見しらぬ犬


 
この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、
                                        かたわ
みすぼらしい、後足でびつこをひいてゐる不具の犬のかげだ。

 
ああ、わたしはどこへ行くのか知らない、
 
わたしのゆく道路の方角では、
 
長屋の家根がべらべらと風にふかれてゐる、
 
道ばたの陰氣な空地では、
 
ひからびた草の葉つぱがしなしなとほそくうごいて居る。

 
ああ、わたしはどこへ行くのか知らない、
           ヽ ヽ ヽ ヽ
おほきな、いきもののやうな月が、ぼんやりと行手に浮んでゐる、
        うしろ
さうして背後のさびしい往來では、
 
犬のほそながい尻尾の先が地べたの上をひきずつて居る。

 
ああ、どこまでも、どこまでも、
 
この見もしらぬ犬が私のあとをついてくる、
 
きたならしい地べたを這ひまはつて、
         うしろ
わたしの背後で後足をひきずつてゐる病氣の犬だ、
 
とほく、ながく、かなしげにおびえながら、
                                     ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ
さびしい空の月に向つて遠白く吠えるふしあはせの犬のかげだ。