萩原朔太郎
『月に吠える』より

   
   蛙よ


 かへる
 蛙よ、
       ヽ ヽ ヽ    ヽ ヽ
 いすすきやよしの生えてる中で、
 かへる
 蛙は白くふくらんでゐるやうだ、
 
 雨のいつぱいにふる夕景に、
                            かへる
 ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ、と鳴く蛙。

 
 まつくらの地面をたたきつける、
 
 今夜は雨や風のはげしい晩だ、
 
 つめたい草の葉つぱの上でも、
                    かへる
 ほつと息をすひこむ蛙、
                            かへる
 ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ、と鳴く蛙。

 かへる
 蛙よ、
 
 わたしの心はお前から遠くはなれて居ない、
               あかり
 わたしは手に燈灯をもつて、
           おもて
 くらい庭の面を眺めて居た、
 
 雨にしほるる草木の葉を、つかれた心もちで眺めて居た。