呼子と口笛
家
一九一一・六・二五・TOKYO
今朝も、ふと、目のさめしとき、
わが家と呼ぶべき家の欲しくなりて、
顔洗ふ間もそのことをそこはかとなく思ひしが、
つとめ先より一日の仕事を了へて帰り来て、
ゆうげ すす
夕餉の後の茶を啜り、煙草をのめば、
むらさきの煙の味のなつかしさ、
はかなくもまたそのことのひよつと心に浮び来る――
はかなくもまたかなしくも。
場所は、鉄道に遠からぬ、
心おきなき故郷の村のはづれに選びてむ。
西洋風の木造のさつぱりとしたひと構へ、
高からずとも、さてはまた何の飾りのなしとても、
広き階段とバルコンと明るき書斎……
げにさなり、すわり心地のよき椅子も。
この幾年に幾度も思ひしはこの家のこと、
思ひし毎に少しづつ変へし間取りのさまなどを
心のうちに描きつつ、
ラムプの笠の真白きにそれとなく眼をあつむれば、
その家に住むたのしさのまざまざ見ゆる心地して、
そえぢ
泣く児に添乳する妻のひと間の隅のあちら向き、
そを幸ひと口もとにはかなき笑みものぼり来る。
さて、その庭は広くして、草の繁るにまかせてむ。
夏ともなれば、夏の雨、おのがじしなる草の葉に
音立てて降るこころよさ。
またその隅にひともとの大樹を植ゑて、
白塗の木の腰掛を根に置かむ――
雨降らぬ日は其処に出て、
エジプト
かの煙濃く、かをりよき埃及煙草ふかしつつ、
四五日おきに送り来る丸善よりの新刊の
本の頁を切りかけて、
食事の知らせあるまでをうつらうつらと過ごすべく、
また、ことごとにつぶらなる眼を見ひらきて聞きほるる
村の子供を集めては、いろいろの話聞かすべく……
はかなくも、またかなしくも、
いつとしもなく、若き日にわかれ来りて、
月月のくらしのことに疲れゆく、
都市居住者のいそがしき心に一度浮びては、
はかなくも、またかなしくも
い つ
なつかしくして、何時までも棄つるに惜しきこの思ひ、
そのかずかずの満たされぬ望みと共に、
むな
はじめより空しきことと知りながら、
なほ、若き日に人知れず恋せしときの眼付して、
妻にも告げず、真白なるラムプの笠を見つめつつ、
ひとりひそかに、熱心に、心のうちに思ひつづくる。
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