立原道造「優しき歌 I


  
 燕の歌

   春来にけらし春よ春
     まだ白雪の積もれども
             ――草枕



 
灰色に ひとりぼつちに 僕の夢にかかつてゐる
 
とほい村よ
 
あの頃 ぎぼうしゆとすげが暮れやすい花を咲き
や ぎ
山羊が啼いて 一日一日 過ぎてゐた

 
やさしい朝でいつぱいであつた――
 
お聞き 春の空の山なみに
 
お前の知らない雲が焼けてゐる 明るく そして消えながら
 
とほい村よ

 
僕はちつともかはらずに待つてゐる
 
あの頃も 今日も あの向うに
 
かうして僕とおなじやうに人はきつと待つてゐると

 
やがてお前の知らない夏の日がまた帰つて
 
僕は訪ねて行くだらう お前の夢へ 僕の軒へ
 
あのさびしい海を望みと夢は青くてはてなかつたと