立原道造「萱草に寄す」


 
SONATINE No.2

  
 夏の弔ひ


 
逝いた私の時たちが
         きん                            なほ
私の心を金にした 傷つかぬやう傷は早く愎るやうにと
 
昨日と明日との間には
 
ふかい紺青の溝がひかれて過ぎてゐる

 
投げて捨てたのは
 
涙のしみの目立つ小さい紙のきれはしだつた
 
泡立つ白い波のなかに 或る夕べ
 
何もがすべて消えてしまつた! 筋書きどほりに

 
それから 私は旅人になり いくつも過ぎた
 
月の光にてらされた岬々の村々を
      かわ
暑い 涸いた野を

 
おぼえてゐたら! 私はもう一度かへりたい
 
どこか? あの場所へ(あの記憶がある
 
私が待ち それを しづかに諦めた――)