島崎藤村

「落梅集」より


  
  小諸なる古城のほとり


 
小諸なる古城のほとり
      ゆうし
雲白く遊子悲しむ
 
緑なす《はこべ》は萌えず
       し
若草も藉くによしなし
          ふすま
しろがねの衾の岡辺
     と
日に溶けて淡雪流る

 
あたゝかき光はあれど
          かをり
野に満つる香も知らず
 
浅くのみ春は霞みて
 
麦の色はづかに青し
       むれ
旅人の群はいくつか
 
畠中の道を急ぎぬ

 
暮れゆけば浅間も見えず
  かな        くさぶえ
歌哀し佐久の草笛
 
千曲川いざようふ波の
 
岸近き宿にのぼりつ
 
濁り酒濁れる飲みて
 
草枕しばし慰む



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