島崎藤村

「若菜集」より


  
 二つの声


 
   朝

 
たれか聞くらん朝の声
ねむり
眠と夢を破りいで
あや
彩なす雲にうちのりて
 
よろづの鳥に歌はれつ
 
天のかなたにあらはれて
        ひかり
東の空に光あり
      とき   はじめ
そこに時あり始あり
      みち   ちから
そこに道あり力あり
           ことば
そこに色あり詞あり
           いのち
そこに声あり命あり
 
そこに名ありとうたひつゝ
 
みそらにあがり地にかけり
 
のこんの星ともろともに
ひかり
光のうちに朝ぞ隠るゝ
 


   暮

 
たれか聞くらん暮の声
    つばさ
霞の翼雲の帯
    ころも
煙の衣露の袖
 
つかれてなやむあらそひを
            な
闇のかなたに投げ入れて
よる  つかひ
夜の使の蝙蝠の
 
飛ぶ間も声のをやみなく
           まよひ
こゝに影あり迷あり
           ねむり
こゝに夢あり眠あり
            やすみ
こゝに闇あり休息あり
 
こゝに永きあり遠きあり
      し
こゝに死ありとうたひつゝ
くさき
草木にいこひ野にあゆみ
 
かなたに落つる日とゝもに
      やみ
色なき闇に暮ぞ隠るゝ



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