島崎藤村

「若菜集」より


  
 四つの袖


         い き
をとこの気息のやわらかき
 
お夏の髪にかゝるとき
 
をとこの早きためいきの
あられ
霰のごとくはしるとき
 

        あつ      ひら
をとこの熱き手の掌の
 
お夏の手にも触るゝとき
 
をとこの涙ながれいで
 
お夏の袖にかゝるとき
 

 
をとこの黒き目のいろの
           うつ
お夏の胸に映るとき
            くちびる
をとこの紅き口唇の
 
お夏の口にもゆるとき
 

 
人こそしらね嗚呼恋の
 
ふたりの身より流れいで
 
げにこがるれど慕へども
 
やむときもなき清十郎