中原中也「在りし日の歌」


   
  幼獣の歌


 
 黒い夜草深い野にあつて、
       けもの  ひけしつぼ
 一匹の獣が火消壺の中で
 ひうちいし
 燧石を打つて、星を作つた。
 
 冬を混ぜる 風が鳴つて。
 

 
 獣はもはや、なんにも見なかつた。
 
 カスタニェットと月光のほか
 
 目覚ますことなき星を抱いて、
 
 壺の中には冒涜を迎へて。
 

                   いつくわい
 雨後らしく思ひ出は一塊となつて
 
 風と肩を組み、波を打つた。
 
 あゝ なまめかしい物語――
 
 奴隷も王女と美しかれよ。
 

 
      卵殻もどきの貴公子の微笑と
 
      遅鈍な子供の白血球とは、
 
      それな獣を怖がらす。
 

 
 黒い夜草深い野の中で、
                 くすぶ
 一匹の獣の心は燻る。
 
 黒い夜草深い野の中で――
  むかし
 太古は、独語も美しかつた!……